『光線銃』

 オウムガイは桜の花が舞うのを見た。
 無論、深海に桜が生えているはずもない。桜というものの存在自体、オウムガイにとっては想像の外だろう。だがオウムガイは確かに桜が舞うのを見たのである。

 *

 もう湯気さえ立たないラーメンの、どんぶりのふちに描かれたうずまき模様をじっと見ていた。
 今日も母さんは夜おそくに帰ってくる。なれているつもりだけど、時々はかなしくなる。涙だってこぼれる。だからそんなときは、ただ目の前のものをじっと見る。にじんでいるのがはっきりと見えてくるまで、じっと見続ける。
 このうずまき模様には、見おぼえがある。
 視線を畳のふちにすべらせる。どんぶりのふちと、畳のふちの模様はどことなく似ている。迷路のようでもあり、貝がらのようでもあり。
 それから、そうだ、あれにも似ている。
 光線銃。
 今よりもちいさい頃に買ってもらった光線銃。ピカピカ光って音も出る。はじめて見た時、その場から動けなくなった。ひと目で大好きになった。必死にねだって買ってもらった、光線銃。その先っぽのうずまきに似ている。
 自分のつくえの引きだしから、光線銃を出す。ところどころ色が取れている。電池はまだ残っているだろうか。
 もっと新しくて性能のいい銃が今ならもっとたくさんあるだろう。もっと楽しい気持ちになれる違うオモチャだってきっと他にもたくさんある。そういうものがほしくなる時もある。それでも、これはやっぱり特別なものだ。
 いつでも無敵の気分になれた。砂場から、ベランダから、押入れから現れるどんな悪者も怪獣も、こいつにかかればイチコロだった。
 今でもそうだ。光線銃を持って構えれば、自分は無敵なんだと勇気がわく。
 うすい壁の向こうから、笑い声が聞こえてくる。止まった涙がまたあふれそうになる。
 光線銃を構える。狙いを定めて、撃つ。

 *

 オンタリオ湖岸に位置するカナダ最大の都市トロントに、桜並木で知られるハイ・パークがある。日本から寄贈された実に100本もの桜が、ここでは五月に花を咲かせる。毎年、多くの観光客が訪れて花見をたのしんでいる。
 トロントから高速バスに乗り、南へ二時間ほど走ったところに、ナイアガラの滝がある。カナダ・オンタリオ州とアメリカ・ニューヨーク州の境にあり、世界三大瀑布にも数えられるナイアガラの滝は、轟音をひびかせて見る者すべてを圧倒する。
 このナイアガラの滝にも桜がある。
 滝の真横にある高台はテーブル・ロックと呼ばれ、通常はそこから滝を臨めるが、テーブル・ロックからエレベーターで地下に降り、トンネルを進んでいくと、滝を裏側から見られる場所へ来ることができる。このトンネルの掘削工事をしていた時のこと。ちょうど滝の裏側のところに、ぽっかりと大きな空洞がすでにあったのだという。そしてそこには、一本の桜の樹が生えていた。
 “Stray Cherry”(はぐれ桜)の名で親しまれるこの桜の樹が、なぜこんなところに生えているのかには諸説ある。氷河時代に冷凍保存されていたものがそのまま残ったとする説。ナイアガラ川にのって運ばれてきた種子が、偶然に滝の裏側へと入りこみ、そこで根を張ったとする説。また、当地のおとぎ話としてよく語られる、こんな話もある。

「元々ハイ・パークの桜は101本あった。その中の一本にとびきり耳の良い樹があった。小鳥のさえずる声も、毛虫のはいずる音も、どんな音も聞き分けるという。樹は、もっとおもしろい音はないものかと、その冴えた耳をたえず働かせていた。
 ある時、樹ははるか遠くで鳴っているらしき轟音を聞いた。汽車が幾重にも折り重なってうねっているような、それでいて金属的でない、雪崩や地ひびきとも違う、何ともいえぬとどろきであった。
 この上なく魅了され、好奇心をゆり動かされた樹は、音のするところまで行ってみようとおもい立った。
 地面から強引に引きぬいた根をそのままひきずり、枝をふりみだし、力をふりしぼって樹はゆっくり、徐々に、少しずつ歩をすすめていった。
 オンタリオ湖の岸辺までたどり着いた頃にはもう厳しい冬になっていた。樹は息も絶え絶えに、音の方へと聞き耳を立てた。するとどうだろう。あの轟音はいつの間にか聞こえなくなっていた。音だけを頼りにここまで歩いてきた樹は、とうとう力尽きてその場で倒れてしまった。
 仰向けになって空を仰ぐとカモメが飛んでいる。樹はカモメに話しかける。
 私はもう長くない、自慢の耳も衰えてしまったようだ、お願いします、どうかこの種をあの轟音の鳴っていたところまで運んでほしい、と樹はカモメに懇願した。樹の最後の頼みをカモメは快く引き受け、種をくわえて湖を渡り、滝までやってきた。すると滝はあまりの寒さに凍りついていた。その氷柱の群をすり抜け、滝の裏側へ入ると、カモメはそこに預かった種をうめた。こうして樹は“はぐれ桜”へと生まれ変わり、念願の轟音を心ゆくまで聞くことができるようになった。」

 『The story of a stray cherry falls in love with The falls』

 滝の裏側にぽつんと立つ“はぐれ桜”であるが、じつは花を咲かせたことがない。滝に遮られて陽の光もろくに届かない、暗く寒い洞窟にあって、むしろ枯れてしまわないのが不思議なほどである。
 “はぐれ桜”は滝に焦がれるあまり、花の咲かせ方を忘れてしまったようである。

 ナイアガラの滝の観光には様々な方法があるが、中でも最も人気の高いのが、遊覧船にのって滝壺のすぐ近くまで行くというものである。
 今日もまた遊覧船が滝壺へと向かっていた。一人の男の子がデッキに出て、ホットドッグを手に滝を眺めていた。その景観に胸をときめかせながら男の子がホットドッグを口に運ぼうとした時であった。滝壺の渦の中から一筋の光線が飛び出し、滝に向かってまっすぐにのびていったのである。男の子はおどろいて、口に運ぶはずだったホットドッグをあやまって船の下の川に落としてしまった。
 滝壺の渦の中から放たれた光線は、滝をつきぬけて“はぐれ桜”へと命中した。
 光が“はぐれ桜”を包みこむ。枝という枝にみるみるとつぼみが生まれ、いっせいに花を咲かせる。まるでたったいま目を覚ましたかのように、満開となった桜はその身をわずかにふるわせ、光と共に滝の裏から姿を消した。

 *

 五億年ものはるか昔から、その姿をほとんど変えることなく、オウムガイはひっそりと深海を漂っている。
 深い暗いしずかな海を淡々と、あくまでも淡々と泳いでいる。
 目の前を、死んだ小魚の残骸が流れてくる。オウムガイは幾重もの触手をのばしてそれを捕らえる。生きた獲物を自ら追って捕らえることはない。そうして彼らは五億年もの年月を滅びることなく生きのびてきた。
 彼らに、感情というものは存在しているだろうか。
 たのしいだとか、おもしろいだとか、かなしいだとか、つまらないだとか、怒りだとか、感動だとか、興奮だとか。そうした心の動きを感じる暇もないほどに、彼らは目の前だけを見て必死に生きているのだとしたら。

 ある一匹のオウムガイは、自らのからだが発光していることに気づいた。
 ちょうど、脱皮した海老の殻を捕らえて食べ終わった時であった。
 オウムガイは動揺をおぼえた。動揺という心の動きがあることにも気づいたことで、彼は二重に動揺し、触手をわらわらと四方八方にゆり動かした。
 光はさらに強くなり、彼のからだ全体を包むほどになった。そして、わらわらと動かす触手一本一本に、今まで彼が見たことのない奇妙なものが、次々とひらきはじめた。
 それは桜の花であった。
 オウムガイは恐怖した。
 彼は触手を闇雲に乱暴に振りまわした。桜の花びらが触手を離れて彼の周りをはなやかに舞う。
 未知の現象が次々と自らに襲いかかり、触手をぶんぶんと振りまわす彼の裡に、さらなる未知が訪れようとしていた。
 動揺から恐怖へと、そしてまた別の何かへと。自らの裡にわきあがってくるもの。
 これは、なんだ。
 ぐるぐると、触手を回す勢いで自らもまた回転しはじめる。その影響で海中にちいさな渦が生じる。渦は徐々に大きさを増し、そこにぽっかりと穴が生まれる。
 穴の中に、何か見える。
 満開の桜と、その下で泣いているこども。
 それが桜であることも、人間のこどもであることも、当然オウムガイは知らない。だがその時、彼は自らの裡にある何かを“確信”した。
 行かねば。
 ぐるぐると回りながら、オウムガイは浮上する。

 *

 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
 目をこすりながら、卓上のラーメンを眺める。もうすっかりのびきってしまった。
 箸でどんぶりを軽くかき回すと、コツンと何か固いものに当たった。何だろうとつまみあげると、それはちいさな貝がらだった。それも巻貝の。こんなもの入れたおぼえはないのだけれど。
 台所に行き、冷たい水でよく洗う。タオルで拭いてから、まじまじと見る。傾けたりして角度を変えてみると、何だかキラキラ光ったりしてきれいだ。どことなく光線銃の形にも似ている気がする。
 そうだ、光線銃。
 居間にもどり、転がっている光線銃を拾いあげる。さっき撃ってみたら光らなかったので、電池がもうないようだ。また交換しなくちゃなと考えながら、光線銃とさっきの貝がらを、引きだしにしまった。
 さて、泣くだけ泣いて気も晴れたし、ラーメンをどうしよう。そうおもった矢先、窓の外でバイクの止まる音がした。母さんが帰ってきた。
 窓をあけ、ベランダに出て母さんに手をふろうとした瞬間、目に飛びこんできた光景に、息が止まった。
 団地の駐輪場の横には桜の樹がある。毎年、春には二階にあるウチのベランダから桜を見ることができる。でも、もうその季節をすぎてとっくに散っていたはずの桜が、ふたたび満開になっている。
 その下に、バイクにまたがった人がいる。母さんじゃない。男の人だ。光線銃とおんなじうずまきの服を着て、こっちを見て笑っている。
 男の人はバイクから降りると、仁王立ちでこっちを指さし、その腕をぶんぶんと大きく回しはじめた。
 なぜだかわからない。なぜだかわからないけれど、それを見て、はじめて光線銃をお店で見つけた時と、おんなじ気持ちになった。
 部屋へと駆け戻り、引き出しから光線銃をつかんでまたベランダへ走る。男の人とおんなじように、光線銃をぶんぶんとぶん回してみせる。
 止まっていた涙が、三たびこぼれる。でもそれは、かなしいからじゃない。
 男の人は、回していた腕をピタリと止め、今度は夜空をすっと指さした。
 見あげれば、月が。うずになった月が光っている。


 <了>


 *


 クロマニヨンズ「BIMBOROLL」、最高のアルバムです。
 ロックンロール!!


『ファンファーレ』

 道が二手に分かれています。どちらを選んでも、おなじ場所に辿りつきます。そこにはきのこが生えています。たいへん珍しいきのこで、一方の道から行くとそれはとびきり美味しいきのことなります。もう一方の道から行くとそれは毒きのことなり、食べると死んでしまいます。そして見た目はまったくおなじです。
 とある一団がきのこの場所までやってきました。めいめい楽器を手にしています。しばらくして、また別の一団が反対の道からやってきました。めいめい裁ほう道具を手にしています。鉢合わせた両者は話し合い、その結果、ホルンの若者と指ぬきの娘、一番下っ端の二人が毒見役としてそれぞれ差し出されました。
 哀れな二人はしかし互いにほほえむと、同時に一つのきのこを掴み、同時に口にしました。
 はたしてそれはとびきり美味しいきのこでした。誰もが大喜びに次々ときのこを鍋に放り込み、夜通しの宴となりました。
 翌朝、辺りは屍の山でした。それはとびきり美味しい毒きのこでした。毒見役の二人だけがただ無事でした。若者がホルンからマウスピースを抜いて娘に渡すと、娘はそれに指ぬきを嵌めて返しました。
 ホルンの音が高らかに響きわたります。

 超短編イベント三題噺 投稿作
 お題:楽器、指ぬき、きのこ

『あたたかさ、やわらかさ、しずけさ』

 虎は己の美しさを知っている。故に独りで獲物を狩る。身重の兎がそこにうずくまっていようとも、それを腹の足しにとは考えない。兎を狙って現れる狐をこそ狩る。虎はなによりも美しい。

 けたたましく雉が鳴くのを聞いて虎はまどろみから覚めた。
 焦げくさい臭いがする。注意ぶかく臭いの先を辿ると、遠くに見慣れぬ獣の影がある。あれは誰だ。そう首をのばした瞬間、雷が虎の腹を撃ちぬいた。
 焼かれるような痛みに虎はうずくまった。獣が近づいてくる。こいつの仕業かと虎は直覚した。獣ではない、獣の手にあるこいつが己を撃ったのだと。
 爪や牙よりも鋭い雷の如き一撃。それを放った、尾よりも長く細い筒。その肢体に、痛みも忘れるほど惚れ惚れとした。虎は初めて己よりも美しいものを見た。
 だがその持ち主が浮かべた下卑た笑いは、虎をこの上なく怒らせた。
 おまえではない。
 油断して近寄ってくるその隙を虎が見逃すことはない。一気呵成に飛びかかり獣の喉笛をかき切った。
 足下に転がる筒をそっとくわえ、虎は岩山を駆け上がった。頂上に着くと、くるまるように筒を抱き、横たわった。
 月がのぼる。虎はもう目を覚まさない。月だけが見ている。



『夢の樹』

 一本の大樹がある。大樹と呼ぶに相応しいその樹は、ある言霊から生まれた。
 一人の男が遺したその言霊は、幾千にも響くこだまとなった。木霊。木霊は寄り集まって一本の苗木を生んだ。苗木の植わった地は身の竦むような荒野であったが、苗木は負けずに根を張った。厳しい寒波にも、容赦のない旱魃にも堪え、言霊の樹は枝を伸ばした。言の葉を茂らせ、言の花を咲かせ、言の実をつけた。黒い実も白い実も黄色い実もある。茶色い実もある。割れば中はみな同じで、一様に青い味がする。それは大いなる恵みとなった。
 だがその恵みを望まない者もある。樹を燃やそうと企む者もある。寄生し、養分を奪おうと目論む者もある。全く異なる樹を拵えて脅かそうとする者もある。勿論、護ろうとする者もある。
 私もまた護る者の一人である。護り、その種を蒔く。そして、ささやかなりとも私は私の言の葉を茂らせる。言の花を咲かせ、言の実をつける。
 私は信じる。樹が決して枯れないことを。いつの日かこの地がその実りで満たされることを。私は夢みる。
 言霊を遺したその主の名が、大樹の根に今も記されている。
 主の名はキング。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア。


『くる』

 じんくるる
 じんくるじん

 揺られているのはなに
 揺られているのは夏の夜

 じんくるる
 じんくるんじん

 図書館には階段あって
 半分だけのらせん階段
 いちだん、のぼる
 いちだん、のぼる
 いちだん、のぼる
 いちだん、のぼる
 のぼるたんびに、夏の夜は
 青みを増す
 青みを増す
 青みを増す
 青みを増す

 じんくるる
 じんくるんじん

 本の棚には
 たましいが
 いびきをかいたり
 わくわくしたりしている
 本の棚には
 ずっしりとした
 居心地がある
 居心地がある

 じんくるる
 じんくるんじん

 半分だけのらせん階段
 今度はおりる
 いちだん、おりる
 いちだん、おりる
 いちだん、おりる
 いちだん、もどる
 いちだん、おりる
 いちだん、おりる
 いちだん、もどる
 だんだん、おどる
 だんだん、おどる
 いちだん、おりる

 じんくるる
 じんくるんじん

 夏の夜は青くなっている
 夏の夜は青くなっている
 夏の夜は鋭くなっている
 夏の夜は
 鼓隊のような密度を保っている

 じんくるる
 じんくるんじん

 夏の夜の青さの中で
 有名人が死んでいる
 だれかの気休めのために
 夏の夜の青さとは
 青さとは
 現象である

 じんくるる
 じんくるんじん

 閉店間際、スーパーの
 駐輪場に止められている
 自転車と、止められなかった
 自転車とが、こすれるような
 視線でやりあっている
 切りつめられた
 ズボンのような
 切りきざまれた
 ケーキのような
 視線でやりあっている
 わかりあっている
 たかまりあっている
 むつまじあっている

 じんくるる
 じんくるんじん

 ああ。いつまでも
 ここでひとり
 生きるを忘れてしまいそうで
 生きるを忘れてしまいそうで
 心配で
 心配で
 夏の夜の青さの中で
 生きるを忘れてしまいそうで
 生きるを忘れてしまいそうで
 心配で
 心配で
 夏の夜の青さの中で
 おどろう
 おどろう
 おどろう
 おどろう、あの衛星のように
 おどろう、あの妖精のように
 おどろう、あの名声のように
 おどろう、あの
 おどろう、あの
 おどろう、あの
 おどろう、あの
 おどろう、あの
 おどろう、あ

 くるる
 じんくるる
 じんくるじん
 じんくるんじん
 くる


『ロココのココロ』(Rock The Block Ver.)

                大大大



口ココのココロココのココロココのココロ
ココのココロココのココロココのココロコ
コのココロココのココロココのココ口ココ
のココロココのココロココのココロココの
ココ口ココのココロココのココロココのコ
コロココのココロココのココロココのココ
ロココのココロココのココ口ココのココロ




         ●
      ロココロココロ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

         ↓

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
                  大





                口

  口

            口




       CLEAR




『ロココのココロ』

 机の上に、黒縁の丸眼鏡が置かれてある。これをどうにかできないものかと考える。
 ハンマーで叩いてみようか。
 犬の餌にまぜてみようか。
 三角眼鏡とお見合いさせてみようか。
 やはりダシをとることにする。

 グツグツ煮立った鍋の中で丸眼鏡は踊っている。はじける泡が、次から次に妖精へと姿を変える。火を止めると白い湯気が龍に化けて昇っていく。妖精も龍も丸眼鏡をかけている。
 鍋から丸眼鏡をすくい上げると、ぐにゃぐにゃに変形していてもはや丸眼鏡ではない。ひとまずまな板の上に置く。
 とったダシで玉子焼きを焼く。妖精と龍にもお裾分け。美味い美味いと部屋の中でみな踊る。みな綺麗な弧を描く。
 カタカタカタカタとまな板が鳴る。丸眼鏡のなれの果てが、仲間に加えてほしそうにしている。仕方ないなと手に取り、かける。
 途端に視界がゆがむ。私はぐにゃぐにゃに彩られた、けれども華麗なドレスを着た婦人に変身している。目の前には紳士が跪いて、手を差し出している。丸眼鏡がよく似合う。


『麦茶がない』

「世界はコーヒーでできている」
 コーヒー色の空と、コーヒー色の海との間で呟いたその口にきみは熱いコーヒーを注ぎこむ。世界はコーヒーでできている。確かにそれは本当だ。
 茶葉のない世界は生きられても、コーヒー豆のない世界は生きられない。事実きみは人類最後の生き残りである。
 祖国が紅茶連合軍に滅ぼされたと知った時のきみの怒りは凄まじかった。復讐の炎は敵を根絶やしにするだけでは収まらず、空を海を大地を焼いた。焼き尽くした。
 黒い雨がドリップし終えた後には、カップを携えたきみがただ一人笑っていた。
 世界はコーヒーでできている。それだけが世界の真実となった今、きみはふと昔の記憶をたぐり寄せる。はじめてコーヒーに目覚めた日のこと。麦茶だよ、と偽られて飲んだそれは、きみの風景を変えた。人生を変えた。
 祖国を捨てたはずのきみが、なぜあれほどに激しい怒りを覚えたのか。
「麦茶がない」
 きみは呟き、そしてあっけらかんと笑った。
 世界はコーヒーでできている。もはや私は存在しない。遠い日の記憶もいずれきみは焼いてしまうだろう。
 もっときみに飲まれたかった。きみが好きだった。



『気体状の学校』

 ガスクールは冷たい病に冒されている。身体をあたためつづけていないと今にも凍えてしまう。故にいつでも人肌を求める。誰彼かまわず抱きしめる。しかしどれほど抱きしめても抱きしめても、ほんのひと時のここちよい熱が失われれば後には冷たい抜け殻が残るばかりだ。癒えない病に途方にくれながらガスクールはまた一人を抱きしめる。教師であるという。らしからぬ刺青がその肌に彫られている。仮初めのあたたかさを得るのにどの肌も変わりはない。いつものようにしっかと抱きしめる。いつものように、したたる涙や汗が凍り、床に落ちて砕ける瞬間であった。おんなじようにして教師の身体までもが弾け、跡形もなく霧散したのである。ただ刺青の破片(英字の刺青であった)だけがひらひらと舞っている。そのひとつがこちらに向かってくるのを受け止める。H。
 ガスクールは霧散する。霧散した己の隅々にまで充満する始業ベル。教師が教鞭をふるっている。冷えが治まっている。



『ローリング・サンダー』

 《トミー・ディー・ディー・ジョニー・ジョーイ・ジャニス・ジミ・ジム・イアン・ブライアン・カート・シド・シド・デヴィッド・ロバート・ジーン・フレディ・エディ・バディ・リック・リチャード・リヴォン・リッチー・レイ・レイ・ルイ・ルイ・ロイ・ルー・マーク・マイケル・マイルス・オーティス・エルヴィス・ボー・サム・ジョン・ジョン・ジョン・ジョー・ジョージ》

 ピンタゾウガメ最後の一頭であったロンサム・ジョージは、その死後に召された天界で、神の名を授かった。
 従者の踏み鳴らす足音にのり、《轟》はゆっくりと首を伸ばし、神のシャウトをとどろかせる。



 超短編イベント投稿作。テーマ:絶滅動物


calendar
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< November 2016 >>
sponsored links
nonaiblues
selected entries
categories
archives
recent comment
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM