『出てって』

 はな唄部・くちギター課では今、ジャカジャン派とデデッデ派とによる派閥争いが激化している。すでにヨウオン氏とハツオン氏はジャカジャン派に、ソクオン氏はデデッデ派にそれぞれ取り込まれた。残るダクテン氏にとっては実に頭の痛い事態である。
 ダクテン氏は「心まで濁らせず」を信条とし、元より争いは好まない。だが両派にとってダクテン氏は不可欠な存在であり何をもってしても獲得すべしと双方せめぎ合っている。己の所為であるのかとダクテン氏は思い詰めたが、そんな氏の憂鬱をなぐさめてくれる唯一の存在が、ハンダクテンの君であった。
 そうしてついに、業を煮やした両派から詰め寄られ、「どちらにもつく気がないなら、即刻ここから失せろ」と罵られたダクテン氏は、翌日その言葉どおりに姿を消した。
 結果、シャカシャン派もテテッテ派も気のぬけた炭酸のようにもはや争う力も格好も失い、双方ともあっけなく解散してしまった。
 自らが去ることで争いを終わらせたダクテン氏であるが、今どこで何をしているのかはわからない。噂では、共に消えたハンダクテンの君と仲睦まじく、ビバップを奏でているとも、ドゥワップをくちずさんでいるとも。



『どん底』

 暗くて深い深い穴の、いちばん底の底にいた。其レはそこで、本を読んでいた。
 光も届かないような暗い暗い穴の中で、どうやって?
 其レは指で本を探り、文字ひとつひとつの僅かな凹凸の違いを感じとって読んでいた。
 いったい何の本を?
 其レが読んでいたのは、古くから伝わる唄を綴った本だった。バイオリンと猫がたわむれ、牛が月を飛び越えるような唄を。
 其レはバイオリンも猫も牛も、月さえも実際に見たことはなかったが、それでも本に書かれてある光景を考え、想い浮かべて楽しんでいた。
「この世界はなんて愉快なんだろう」
 いつもそう考えていた。真っ暗闇の穴の底では、頭の中がそのまま外の世界でもあるのだ。

 ある時、穴の底に星が降ってきた。

 雷のような轟音と共に星は底へと突き刺さった。バチバチ弾ける閃光が闇を照らしだす。其レは呆気にとられた。
 照らされたことで初めて目にした穴の中は、頭の中とはずいぶん違った。自分の手や足も、それから本も、自分の想像を超えていた。其レは身体が震えてくるのを必死にこらえた。
「痛ててて、参った参った」
 と、底に突き刺さった星が起き上がった。其レは怖る怖る星に近づき、そっと話しかけてみた。
「あの、大丈夫ですか」
「うん? 何だ、先客がいたのか。おやおや、こんにちは」
「こんにちは。あの、あなたは誰ですか」
「おれはナガレダマ。ひとによっちゃあ、ナガレボシとも呼ばれるけれどね」
「ナガレダマさん、あなたはどこからやってきたのですか」
「ここが何かの中であるなら、その外からだろうね」
 おどけた口調でそう答えるナガレダマに対し、其レはぐっと顔を近づけ早口でまくしたてる。
「月を、月を見たことはありますか、どんな形ですか、キレイですか、大きさは、色は、えっと形は、見たことありますか、そこに牛はいましたか、牛はどんな形で……」
「まあまあ、落ちつけよ」
 ナガレダマは其レをなだめながら、やはりおどけた調子で答える。
「月か。月なら見たことあるどころか、突き刺さっていたこともある。牛はいないが、兎ならいるぞ」
「ウサギ?! 『ウサギのパイ』のウサギが月に?! じゃあ、じゃああの……」
 矢継ぎばやに繰り出される質問に、ナガレダマはのらりくらりとしながらもひとつひとつ答えていく。ナガレダマの話を聞くたびに、頭の中の「外の世界」が塗りかえられていく。其レはもはや身体の震えを止められなかった。
「外の世界はなんて愉快なんだろう!」
 興奮してそう叫ぶ其レを、ナガレダマはじっと見ていた。
「……おまえさん、ここから出たことがないんだな。もしかして、自分が何者なのかも考えたことがないんじゃないのか」
「えっ?」
 ナガレダマの云うとおりだった。自分が何者であるかなど、其レは考えたこともなかった。考える必要もなかったのだから。突然に降ってきた疑問に、其レは少なからず動揺した。
「……わたしは、わたしはいったい何者なのでしょう?」
「うん? まあそうだな……」
 ナガレダマはおもむろに立ち上がり、穴の上方を仰いだ。そして再び向き直り、其レに訊ねた。
「おまえさん、ここから出たいとおもうか?」
 予期せぬ問いに、其レは黙ってしまった。考えもしなかったことばかりが頭に押し寄せてきて、言葉が出てこない。
 しばし口を噤んでいたが、其レは意を決してナガレダマに訊ねてみた。
「ここから、出る? 出られるのですか?」
「それは、おまえさん次第だよ」
 ナガレダマはおどけることもなく真面目な顔で続ける。
「そもそもだ、この暗い穴の底に、おまえさんはずっといたんだろ。そんな自分を、おまえさんは不幸だとおもうか?」
 理解が追いついてこない。不幸? 不幸とはどういうことだろう。其レがきょとんとしているのを見て、ナガレダマはふっと笑みをこぼした。
「どういうことかわからない、って顔をしてるな」
 ただただ頷くと、ナガレダマがさらに続ける。
「幸か不幸かってのは結局、比較から生まれるもんだ。自分と他人との比較、過去と現在との比較。しかしおまえさんは、ずっと一人で、何も変わることなくこのどん底で過ごしてきた。不幸も幸福もないはずだよ。

 外の世界に出れば、そうはいかない。いろんなことが変わっていかざるを得ない。仮にこのどん底が地獄だとして、穴の外が天国だとする。けれど天国が本当に愉快ですばらしいところだなんて、なぜ言える? そこで何が待っているかなんて、行って体験してみなければ、本当にはわからない。出ない方がマシだったと、後悔するかもしれない。

 だから、おまえさん次第なんだ。おれがこの穴に落ちてきて、おまえさんと出会ったこと。そして外の世界へ連れ出すことが、おまえさんにとって幸運だったのか不運だったのか、決めるのは、おまえさん自身だってことだ」

 ナガレダマの言葉を其レはただ黙って聞いた。聞きながら身体を震わせた。その震えが何に因るものなのか、もはやわからなくなっていた。
 ふと、手元の本に目を向ける。そして本をひらく。読みなれたはずの、目にするのも初めての本である。
 ひらいたページに書かれてある文を、ゆっくり読んでみる。

 薔薇は 赤い
 すみれは 青い
 砂糖は あまい
 そして あなたも

 其レは本から目を離し、ナガレダマをじっと見据えて訊ねた。
「わたしは、何いろですか?」
 ナガレダマが静かに答える。
「おまえさんは、青いよ」
「では、わたしはすみれなのですか?」
「いいや」
 ナガレダマが、其レの手にそっと触れる。
「おまえさんは、薔薇さ。それがおまえさんの正体だ」
 頭の中で、閃光が弾ける。さっき、自分が何者であるのかを初めて意識した。そして今、何者であるかを知った。何かとてつもない感情が自分の中で爆発するのを、《青い薔薇》は、はっきりと感じとった。
 《青い薔薇》は、ナガレダマの手を強くにぎる。
「外の世界に、連れていってください」
「ようし、わかった」
 ナガレダマも手を強くにぎり返す。

 二人ですっくと立ち上がる。「背中に乗りな」と云われて《青い薔薇》は素直に従う。
「そういえば」とナガレダマが云う。「おまえさんの名前を決めなければな」
「え? わたしは薔薇ではないのですか?」
「それは、フツウ名詞ってやつだ。物事の形状や性質をあらわすためのものだな。たとえば薔薇やすみれや、それから流れ弾なんてのはな、自分たちだけでなく他にもたくさん存在しているものなんだ。それらを総称するのがフツウ名詞だな。わかるか?」
「何となく」
 と云いながらも、やはりよくはわからない。それを察して、ナガレダマはさらに説明する。
「最初にも話しただろ、幸か不幸かは何かの比較から生まれるってな。つまり、おれたちにはおんなじような種類のやつらが他にもたくさんいて、それは集まってしまえば、見分けなんかつかない。だけどおまえさんもおれも、世界にたった一人しかいない。たくさんいるのに、一人しかいない。比較は、そのひずみから生まれてくるんだよ。
 だから、おれたちは自分をしっかり定めておく必要がある。そうすれば、見分けつかなかろうと、比較されようと、自分が自分であることをきちんと掴んでさえいれば、幸も不幸も、どうってことはない」
 やはりどういうことなのかよくわからなかったが、ナガレダマはきっと、とても大切なことを話しているのだと、《青い薔薇》は真剣に耳を傾けた。
「そういうわけで、おまえさん自身の名前、おまえさんだけの名前がいるんだ。コユウ名詞ってやつがな。ボー・ピープとか、ハンプティ・ダンプティとか、そんな感じのな」
「わたしだけの名前……どんな名前なんでしょう?」
「そうだなあ。おまえさん青いから、ブルースってのはどうだ。ようし、おまえさんはブルースだ」
「ブルース……」
 何だか不思議にくすぐったい気持ちがする。
「話が長くなったな。ようし、じゃあそろそろいくか」
「ちょっと待って。ナガレダマさん、あなたのコユウ名詞は? 何という名前なのですか?」
 するとナガレダマは、不意に不敵な笑みをもらした。
「おれの名は、ハッセン・ハッピャク!」
「ハッセン?」
「ハッピャクだ、おぼえときな。さあて、飛ぶぞー!」
 云うが早いかハッセン・ハッピャクはひと際おおきく光り輝いた。ブルースは慌ててしがみつく。
「しゅっぱーつ!」
 ハッセンハッピャクは猛烈な勢いで飛び上がった。落ちてきた時と同じような轟音と閃光を引き連れてぐんぐんと上昇していく。
「ああそうそう、云い忘れてた」
 背中越しにハッセン・ハッピャクが云う。
「いま何時かわからないがな、もしかしたら外に出た瞬間に、おまえさんと同じ色が出迎えてくれるかもしれないぜ」
「わたしと同じ色? それは何です?」
「まあ見てのお楽しみだな。もっとも……」
 話している間にも二人はどんどん上昇していく。そして昇っていく先に小さく光が射しているのが見えた。ブルースは息を呑んだ。
「……もっとも、外に出た瞬間に、おまえさん、また名前が変わるぜ」
「えっ?! どういうこと?」
「云っただろう、外に出れば、いろんなことが変わっていくってな」
 ブルースは頭がぐるぐる回った。外の世界とはそれほどにも理解の追いつかないものなのか。
 と混乱している暇もなく、光がぐんぐんと近づいてくる。再びおおきく息を呑む。
「出口だ!」
 どおん! という轟音が鳴り響いた。まっ暗闇をあっという間に置き去りにするほどの、まばゆい光に包まれる。ブルースはおもわず目をつむった。
「出たぞ! ここが外の世界だ!」
 ハッセン・ハッピャクが叫ぶ。そっと目をあけて見てみれば、見渡すかぎりの青い青い青い世界が、信じられないほどに広がっている。

「いいかブルース、おまえさんは今からな……」

 放心状態でいるブルースの耳に、ハッセン・ハッピャクの声が、高らかにとどろく。

「たった今から、おまえさんの名は、いいか、おまえは、ロックンロールだ!!」



『リトル・スクールガール』

「おはようさん」と声をかけられ、少女は無言で会釈する。「おはようさん」「おはようさん」「おはようさん」大人たちに笑顔で声をかけられ、少女は無言で会釈する。
 学校へ行かなくてはならないから、少女は通学路を急ぐ。
 路の途中に咲く花は、剃刀の葉っぱとドリルの花で少女の足を狙ってくる。いつもひらりと躱してしまうので、一度も傷つけられたことはない。
 散歩の犬とすれ違う。犬は少女を見るたびいつも「ワン」と吠える。リードに繋がれた飼い主が少女へ駆け寄ろうとするのを制しながら。
 雨雲に乗ったカラスは、少女に黒い雨を浴びせたくてたまらないのに、少女が根っからの晴れ女であるためにことごとく失敗する。
 有象無象の大人たちが少女に笑顔で声をかける。
「おはようさん」「おはようさん」「おはようさん」「おはようさん」「おはようさん」「おはようさん」「おはようさん」「おはようさん」「おはようさん」「おはようさん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」「さん」……
 学校へ行かなくてはならないから、少女は通学路を急ぐ。



『サグラダ・ファミリア』

 タンポポのような顔をしたペットボトルの蓋の上に、紋白蝶がそっと降り、ブランコを漕ぐ子どもの靴がその上に飛んでくる。靴につく泥が逃れようとその腕を真上にのばし、日光のロープを無心につかむ。完成まで、あとすこし。

『百年と八日目の蝉』

 パッと咲いてパッと散る、はずだった、花火のように。あるいは台風のように、深い爪痕だけをのこして一瞬で過ぎ去ってしまうはずだった。なぜならパンクとは、意図的に引き起こされた「事件」であったからだ。
 パンクは1970年代の後半に突如誕生した新種などではない。身も蓋もなくいえば、1960年代には既に存在していたガレージ・バンドの焼き直しに過ぎない。しかしセックス・ピストルズに象徴される尖った思想やその外見がファッション戦略とも結びつけられ、一躍脚光を浴びたのである。暗い地中から日光ふりそそぐ地上に現れて爆発的に鳴いたパンクは、《ノー・フューチャー》の宣言どおり、その役目を終えた後あっさりと死ぬ運命にあるはずだった。

 2077年現在、死ぬどころか「ジャンル」として確立されてしまったパンクは、いまだロックの一潮流として根強い支持を得ている。
 奇しくもセックス・ピストルズが『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』を発表してから百年と八日目の本日、新たなバンドがデビューする。イモータル・シケイダス。ナノファイバーでできた彼らは、現在のパンクをまさに体現する。この四匹の《不死身の蝉》を、見逃してはならない。



『ガケ鬼』

 ーー鬼が、迫ってくる。
 子供の頃、普通の鬼ごっこに飽きたおれたちは新しい鬼を考えた。ガケ鬼。ルールは簡単、逃げる方は決して振り返らないこと。振り返れば、そこから先は断崖絶壁。一歩でも踏み出せば崖から落ちてゲームオーバー、今度はそいつが鬼になる。
 ーー背後から、ガケ鬼の声。
 あの日、鬼はおれだった。さっさと終わらせようとおれは、ある作戦に出た。わざとうずくまり、「苦しい、助けて!」と叫んだのだ。いちばん近くにいた遼が引っかかり、振り返ってこっちへ駆け寄ろうとした。
 ーー決して振り返ってはならない。
 真っ逆さまに崖から落ちた遼は、それからいなくなってしまった。
 あの日の断末魔と同じ声が、おれを呼んでいる。

 おれは必死に逃げ続けた。息が上がり、頭もくらくらする。と、追ってくる鬼の声も、より苦しげなうめきに変わっているのに、おれは気づいた。
 ーーた、す、け、て……。
 足を止め、ゆっくりと振り返る。
 底の見えない断崖が、大きく口を開けている。
 その岸壁にへばりついて鬼がうめいている。片目の潰れた、血まみれの鬼が。
「遼!」
 おれはしゃがみ込み、下に向かって腕をのばした。
 その瞬間。
 鬼が笑った。


 ホラー超短編 投稿作。

『新しい国』

 朝、目をさますと国が新しくなっていた。
 テレビから延々と流れてくる声明によれば、永きにわたって独裁を敷いていた旧政権が、反旗を翻した軍部によってとうとう倒されたのだという。
 外へ出てみると誰もが喜びの声をあげ、幸せに満ちた表情をしていた。
 我々は解放されたらしい。
 新政権は極めて民主的に事を進めた。国としての体制が整うと、晴れて普通選挙が行われた。新政権は国際社会にも友好的に受け入れられ、新しい国の未来は明るくおもわれた。
 何かが、おかしい。
 喜びの声をあげる人々の横に、亡霊が見える。
 旧政権の亡霊が、人々の耳元で呪詛の言葉を呟いている。
 まもなく喜びの声は静まっていった。喜びの声をあげる人々が、一人また一人といなくなっていったからだ。
 私の耳元でも、呪詛の言葉がきこえる。
 だが、旧政権が独裁であったという記憶が、私にはない。
 何かが、おかしい。
 程なくして、国は二つに割れた。
 亡霊はいまや実体を伴い、呪詛ではなく銃を突きつける。
 私は選択を突きつけられる。
 古い国も、新しい国も、私の国ではないみたいだ。
 西の空が暗い。



『永遠凝視者』

 一周するのに4分33秒かかるベルトコンベア。
 その上に乗せられただひたすらに演奏を繰り返す『4分33秒』。
 設置された一台のビデオカメラがベルトの決まった一部分のみをただひたすらに撮りつづける。
 問題。このカメラが映しているのは楽曲の何秒目から何秒目までの部分か。



『園』

「象の鼻で眠る蛇」の看板が見える。そこにはすべり台があり、象も蛇も見当たらない。いざすべってみると思いのほか長く、途中うたた寝をしているうちに下までたどり着く。心なし身体も軽くなった気がする。すべり台を離れると「鹿の角で飾る犀」の看板が見える。そこには梯子がある。昇っていくと幾つにも分かれているが、ひたすらまっすぐに昇る。てっぺんに着くと「兎の耳に唄う鷺」の看板が見える。泣きはらした彼女がそこにいた。やっと追いついた。一言謝り、耳許でささやくと彼女は顔をほころばせ、ぎゅっと手を握ってきた。仲直りしたところで「山羊のひげで繕う獅子」の看板が見える。そこには綿飴の機械がある。そういえば昼食もまだだった。一つ作って口にすると、反対側から彼女も綿飴を口にする。むしろ羊毛に見えるがとおもいながらも、べとつく甘いキスにおぼれる。噛みつかんばかりの勢いで味わい、腹も満たしたことだし帰ろうと云うと彼女の方から歩きだす。手を引かれながら見渡すと、先までの景色とまるで違っている。ふと此処へ来た時のことをおもいだす。入口で見た看板には「猫の舌で踊る猿」とあった。目の前に空洞が広がる。彼女が甘えた声で誘う。



ブルーハーツが聴こえすぎる

 コンニチハ、脳内亭です。

 ブルーハーツの1stアルバム「THE BLUE HEARTS」発売から30周年とのことです。
 ブルーハーツは僕の十代のほとんど全てだったバンドです。
 今やもうすぐ40に手が届きつつあるオッサンの僕ですが、少し当時のことを振り返ってみようかなとおもいました。これまでに何度もしてきた話でもあるのですが、改めて。

 時は昭和62年(西暦1987年)、僕は小学4年生でした。
 当時の僕は、いわゆる「団地の子供」でした。
 父と母と3人の子供。家族5人が、六畳二間で暮らしていました。
 三つ上の兄は中学1年、三つ下の弟は小学1年。ひとつの子供部屋に兄弟3人が過ごしていました。
 子供部屋の主導者は当然のこと兄だったので、下の兄弟二人は、兄の好みで塗り固められた部屋で毎日を送っていました。
 それ故に、いつからそうだったのかはもうハッキリとはおぼえていません。ただ兄が所持していたラジカセから毎日音楽が流れてくるのを、ごく自然なこととして受け止めていました。
 そのアルバムが1st「THE BLUE HEARTS」と2nd「YOUNG AND PRETTY」であることは、後になって知りましたし、そのバンドがブルーハーツという名前であること、メンバーがヒロト・マーシー・河ちゃん・梶くんであることも、いつの間にか当たり前のようにおぼえていました。当時はその2枚と、『人にやさしく/ハンマー』のシングル曲とが、どこが継ぎ目なのかもよくわからないくらい、ただひたすらリピート再生で流れていました。
 どこぞのライブ音声もよくリピートで流れていました。「オッス! ハッハッハ、まいったね今日は」というあいさつから始まるそれが、日比谷野音のライブビデオを音声だけ録音したものだと判明したのは後になってからです。おかげで実際にビデオを観た時にはもうすでにMC含めた全音声を丸おぼえしていたくらいです。
 もうひとつ、一体どこから入手してきたのか、1985年12月24日に都立家政スーパーロフトで行なわれた「世界一のクリスマスライブ」の録音テープも兄は持っていました。『1985』を初めて聴いたのはそのテープからでしたし、未発表曲のひとつである『僕はどこへ行った』や、『ホワイトクリスマス』のカヴァーなんかも当時聴くことができました。

 ある時、夜中に寝ていると突然兄から起こされ、「おい、この歌詞を読んでみろ」とファーストの歌詞カードを渡されたことがありました。 

「どうだ?」
「……いい歌詞やとおもう」
「どの歌詞が?」
「……えーっと、ここ」
「馬鹿、ちがうだろ、ここだろここ!」
(……うるせー、いいから寝させろ……)

 と、この時ばかりはさすがに兄を鬱陶しくおもいましたが、今になってみればそんな兄の気持ちもわからないではない。

 そんな風に、最初は完全に受け身で聴かされていたブルーハーツですが、でも当時から「いい歌だな」という気持ちは持っていたようにおもいます。
 たとえば「ドブネズミみたいに美しくなりたい」って、ステキな言葉だな、カッコいいな、という想いは、子供心にも素直に持っていたようにおもいます。反対のことを云っているようで、何故だかストンと腑に落ちる、そんな歌詞だとおもいました。

「戦闘機が買えるぐらいのはした金ならいらない」
「大人達に褒められるような馬鹿にはなりたくない」

 そこには小学生の子供にさえも、確かにカッコいいとおもわせる何かがありました。

「終わらない歌を歌おう ひとりぼっちで泣いた夜」

 ひとりぼっちで泣いた夜を過ごしたことがなくても、それを追体験させてくれるような何かがそこにはありました。

 ともあれ、毎晩のようにブルーハーツの曲が流れ、壁一面はブルーハーツのポスターで埋め尽くされる、そんな部屋で僕は子供時代を過ごしたのでした。
 本当の意味で僕がブルーハーツに、ロックンロールに出会うことになるのはそれから数年後の15歳の時ですが、それまでに発表されていた全楽曲は、僕はもう当たり前のように知っていました。
 当たり前のように知っていて、当たり前のように歌えて、当たり前のように好きだった歌たちが、一瞬でその百億倍も特別なものに塗り替えられてしまった、幼馴染の友だちだとおもっていたのに一瞬で恋に落ちてしまったその時のことは、また別の機会にでも。


 ところで余談ですが、当時兄のラジカセから流れていたのは、ブルーハーツだけではありませんでした。
 ビートルズやチャック・ベリーやバディ・ホリー、アメリカのオールディーズ、ジャニス・ジョプリン、ラモーンズといった音楽もまた小学生から中学生の頃にはよく聴かされていました。後々にロックンロールやブルースが自分の中で大爆発を起こす、その土台はこの頃に築かれていたのだな、と今しみじみおもいます。


 ブルーハーツは僕の十代のほぼ全てだったバンドです。
 当たり前すぎて、当たり前じゃなさすぎて、何だかもう、よくわからなくなってます。
 ブルーハーツは、僕の細胞です。きっと死ぬまで。


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