『しぶといやつ』

 ──負けた方は、勝った方のいうことを、一つだけきく。

 線香花火に火が点けられる。チリチリと音を立てながら、ジリジリと短くなっていく。
 そっと向こうの顔を見る。火花を熱心に見つめている。勝ったら、告白する。そう決めていた。
 先端の玉が大きくなる。火花が小さくなり、とおもったら一瞬広がる。落ちるなよ。頼む、持ちこたえろ──

「そして、これが我が一族の始まりの火であるというわけだ」
「でもさ、それじゃあご先祖さまは、けっきょく告白しなかったってこと?」
「そう。だから二人は交際も、ましてや結婚もしなかった。それでも我々は現にこうして存在している」
「いかにも神話だね」
「だが事実だ。見ろ」
 祭壇に置かれたビーカーの中、二つの火の玉は消えることなく今なおチリチリと鳴りつづけている。



『穿く鎖骨』

「鎖骨は着るモンだろ。なぜ穿くんだ」
「そういうアンタは骨盤を被っているじゃあないか」
「なにしろ肋骨は羽織ってナンボ」
「オイ、肩甲骨を着崩すんじゃない」

 三億年後に発見される化石たちの宴はつづく。



『おしゃべりな靴』

 今晩は、お嬢さん。こんなところでお会いできるなんて光栄です。ええ、判っていますとも。初めましてではないことくらい。あなた、昨夜も私の舞台を見にきてくれていました。一昨日も、その前の夜も。あなたの存在にわたしは気づいていました。ぜひあなたとお話してみたかった。でも、お恥ずかしい限りですが、実はわたし、極度に口下手なのです。人との会話がとても苦手。タップなら誰にも負けないのに。この足のように、すらすらと饒舌に話すことができれば、どんなにかいいだろう。だからほら、今夜は特別な靴を履いてきたのです。ごらんの通り、魔法の靴です。どうです、この靴を履いてタップを踏めば、タップから読み取ったわたしの気持ちを、靴が代わりにしゃべってくれるのです。すばらしい。そして、こうして面と向かってお話できる機会が訪れるのを、わたしは心待ちにしていました。本当に光栄です。さあ、わたしと踊ってくださいませんか。あなたの為なら、わたしはどんな華麗なタップでも踏んでみせましょう……えっ? 違う? わたしを見にきていたのではないと……あの端役を? なぜあんな凡庸な、才能のない……恋人? 

「馬鹿にしやがってこのアマァ」



『さかもりあがり』

 酒盛りがあり、加賀森ありさ盛り上がり、差か、リカーも下がり、有賀もサカり「ガリもさ、アリか」理も裏か、朝が。さ、狩りもアガリ。



『狂節』

 歌をうたっています。
 決して上手くはないけれど、わたしはわたしの好きな歌を、一所懸命にうたいます。
 歌声は地をはって草花を揺らします。水たまりを揺らします。
 なにしろ、わたしの声はくるぶしから出るのです。

 ──ある日のわたしは、気がついたのでした。
 歌は、歌というものは、大地からわきあがってくるものなのだと。
 大地の歌は、人々の身体を通して漉されていく。
 漉された歌が、人々の唇からこぼれていく。
 大地の歌は、人間の歌に漉されなければ、聴くことができないのだと。
 ──そしてわたしは、くるぶしでうたうようになったのです。

 くるぶしに開いた、四つの穴。
 二本の足をしっかと踏みしめ、吐き出した歌は、くるりんくるりん跳ねていく。
 ぶつかり合って、重なり合って、感極まって、声を枯らしてわたしは叫ぶ。
 あなたのような人間に、届くだろうか。
 聴こえるか。このくるぶしが。




『忘れられた言葉』

 一人の(あるいは一頭の)手負いとなったネアンデルタール人が、途方にくれて泣いている。
 否、鳴いている。
 否、歌っているのだ。
 群れからはぐれて久しかった。単体で生きることは容易ではなく、それでも必死に生き延びたが、もはや限界がきていた。
 仲間を求め、無心に歌う。藁をもつかむ思いで喉をふりしぼる。言語を持たないネアンデルタール人は、歌うことで意思の疎通をはかるのだ。
 誰か。聞こえるか。誰か。ここにいるぞ。誰か。返事してくれ。誰か。誰か。誰か。
 だが、ついに仲間は現れなかった。当然である。仲間はとうにどこにもいない。いまや地上に残ったただ一人の(あるいは一頭の)ネアンデルタール人であったのだ。歌を歌い終えると、そのまま静かに事切れた。

 ネアンデルタール人の絶滅から、10万年が経つという。かつての生存競争に勝利した現生人類もすでになれの果て、風前の灯だが、その火の奥の奥の方から、なつかしい誰かの声がする。本当にひどくなつかしい気がする。いったい何と言っているのか、DNAもニューロンも散々たぐってみたけれど、どうしても、どうしても思い出せない。



『ことばあそび』

 ことばのこが、ことばのとをあけ、ことばのばで、あそんでいる。
 ことばのばは、こっとんのばとんと、こばるとのこばんが、こんぼうとばっとで、ばとっていたり、ばーどのばんどまんや、わーどのどわーふが、びばっぷやら、どぅわっぷやらで、ばんばんどんどんわーわーさわぐ、こんとんとしたわーるどである。
 ことばのこは、ことばのとに、こーととばっぐを、ばっとかけ、こわだかに、こんばんは、とこーるすると、ことん、ばたん、ところがりはじめる。

 こいこいいいこのこころにこいころころてのりのことりにのりのりいいこいいことにこにこといいこころのこりのいろこいののこりのこころにいいこいこい

 ことばのこの、ことばあそびに、ことばのばは、わーっとわいた。あがるあんこーるに、ばっとこたえる、ことばのこは、いいこです。



『火薬のような、夜明けのような』

 ア。
 というため息のもれる瞬間、ピアノはブギウギの演奏を始め、ハサミはキリトリ線を滑走し、ドーナッツは油と踊り、薔薇の花はミツバチを撫で、フレアスカートは跳ねあがって砂を蹴散らし、そしてパンゲアは動き始めた。



『謎』

『バイオリンの弓が、何でできているか、知ってるかい』
 考えた事もない、と少年はおもいました。
『バイオリンの弓は、鯨の髭でできている』
 そうなんだ! と少年はおどろきました。たちまち頭の中に、何千ものバイオリンを一ぺんにひく鯨のすがたが浮かびます。
『鯨の髭には、何が眠っているか、知ってるかい』
 考えた事もない、と少年はおもいました。
 そしてページをめくった先に待っていたのは、まったく別のおどろきでした。すべて鯨のように黒くぬりつぶされていたのです。
 係の人へ見せにいくと、その人は「だれかのいたずらだな」と顔をしかめました。

 少年は大人になっていました。
 あれからたくさんの書物を読んで知識を得、誤解も解いてきましたが、いまだ謎は解けないままでした。
 昼休みに広場を歩いていると、一人の学生がベンチで本を読んでいます。声をかけると学生は本を閉じ、言いました。
「教授。この本は、何でできているとおもいますか」
 もちろん紙で、という答えに学生は微笑みました。
「いいえ。この本は、鯨の髭でできています」
 まさか。かつてのおどろきが、ふたたび頭の中ではじけます。
「さて、鯨の髭には、何が眠っているでしょう」



『再生』

 バナナが溶けてしまうので わたしは空へと逃げました
 溶けたバナナは黒々と わたしのしっぽを濡らします
 まっぴるまから 雲のうえではとっても危ないことがおこっている

 溶けてしまう前に どうにかしたかったのに
 溶けてしまったものは どうにもなりません

 しっぽの先から 黒々としたバナナの雨が降らないように
 からだをよじって おへそでしずくを受けとめながら
 月へと向かう意志をかためる

 今夜 月がもし見えなくなっても
 どうか泣かないで

 黒々とした空を知っても
 どうか祈っていてほしい
 どうか
 だれも傷つかずいられますように
 だれも悲しまずいられますように
 バナナが無事に食べられますように



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