『恥じらい』

 三月の朝
 落ちてきたものは
 石けんのにおいする釦。
 洗われる隙にするりと逃げた
 空を留めるための釦。
 二つの穴が揚々と
 膨らんでいる釦。

 みあげれば
 胸元をおさえ
 きまりわるそう
 にうつむいている
 空は
 恥じらいを知っている

 釦。
 おまえは
 恥じらいを知っているか

 恥じらいを知らぬものが
 空を
 かたるな


『東京ヒズミランド』

「ヒズミランド、ヒズミランド」
 と、二歳になったばかりの息子が何度もそう口にする。ならば誰が何といおうとここは東京ヒズミランドだ。
「チューチュ、チューチュ」
 うん、チューチュがテーテをふってるね。ワンワンもガーガもいるよ。
「ジージ、ジージ」
 そうだね、チューチュの背中がジージってひらいたね。
「ウーカンカン、ウーカンカン」
 ほんとだ、中からウーカンカンが出てきた。手にグシグシ持ってるよ。グシグシでみんなをコッコローンしてるよ。
「クデンシャ、クデンシャ」
 うんうん、ガーガがクデンシャ吐き出したね。ワンワンもあんな楽しそうにみんなをポリンポリンして、とってもにぎやかだね。何、アッコするの? はい、これでよく見えるよ。あっちもこっちも、みんなもうすっかりババーパだらけだよ。
「バッコチャン、バッコチャン!」
 わあすごい、ほんとにバッコチャンだ。おっきなクーチーだねえ。あ! ほらほら、バッコチャンこっち見てワラってるよ!
「コッチクル、コッチクル!」
 コッチクル、コッチクル!

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『ばっこちゃん』

 疾走するトンネルがある。
 何の前触れもなく辺りが暗くなり、耳鳴りや圧迫感に襲われた時は、トンネルが自分の居る地点を通過しているのだ。世界を駆け回るトンネルが。
 ところでブルースは爆発する。
 その爆音と爆風と閃きは、狂おしく景色を一変させる。
 男が一人、岸壁に立っている。男はそこから空を見上げている。
 不意に空が翳り、闇が男を包み込む。眩暈をおぼえた男はその場にうずくまった――

 ――闇が消え去ると、男は立ち上がって岸壁を後にした。その眼はもはや空を見上げようとしない。
 闇に覆われた瞬間、彼の胸は爆発した。爆音と爆風と閃きの中、男は確かに見たのだ。疾走する闇の、その正体を。
 前を見据え、彼は呟く。あたかも悪魔の呪文のように「復讐……」と、ただ一言。


『告白』

 渾身こめた
 砲丸は、風船になり
 空へと消えた。

 まもなく来る土砂降りを待つ

『空の背骨』

 人工の朝
 人工の夜と、
 人工の春
 人工の秋と、
 共に水族館へ行こうと誘う
 水はいつでも天然を装い、
 おいでおいでしている

 朝は、朝であることを夜に恥じらうことで覚る
 人工を覚る術を知らずに
 夜は、夜であることを朝に咬まれることで覚る
 人工を覚る術を知らずに
 春は、春であることを秋に振りほどかれて覚る
 人工を覚る術を知らずに
 秋は、秋であることを春の声音をきいて覚る
 人工を覚る術を知らずに

 かつて天然を誇った真夏の真昼は
 老いを覚り、
 といって死を待つでもなく
 風にのって
 太鼓を打ち打ち、
 心肺ざわめかす空の背骨を目指している


『生きている。』

 髪がぬれている。
 切り落とした屍はもうすでに乾いている。
 今日も生きている。

 てんぷらを食べている。
 振り落とした骸はもうすでに冷めている。
 今日も生きている。

 音を聴いている。
 わきたつ音は容易く耳にする。
 とけゆく音を掴まえるのはむつかしい。

 大人になってカタツムリを目にしない。
 カタツムリのような大人を見る。

 今日も生きている。
 昨日は生きていたろうか。
 明日も生きていられるだろうか。

 炬燵のなかの洗濯物はまだ乾かない。
 あなたの髪をぬらしたい。
 二人とも生きている。


『時解き』

 あなたに親があるのなら
 その血の色を疑うといい
 あなたに子があるのなら
 その血の色を疑うといい
 愛していようと、なかろうと
 血を分けているなんてこと
 そんなものに依りかかるのも
 背負うのも、疑うといい
 すがたかたちも
 性格も
 見えるものも
 見えないものも
 血に由来する、とは信じないことを
 いち度おもってみるといい
 たとえば鼓動を考える
 身の内がわをほとばしる
 あれは時の鐘である
 わたしはふっとおもうのだ
 わたしの父と
 わたしの子と
 わたしが三ツ子であるならば
 わたしの父でも子でもなく
 わたしも子でも父でもない
 分けているのは「血」ではない
 さらに非情な「時」である
 おそらくは
 父はわたしを子とする道を
 血に依ることなく自ら選び
 わたしは父を父とする道を
 血に依ることなく自ら選んだ
 おんなじに
 わたしは子を子とする道を
 自ら選びとったはずだ
 そうしてその認識を
 時によって深めている
 はんたいに
 わたしの親を親と選ばず
 わたしの子を子と選ばずして
 時の鎖をとく道を
 選ぶこともありうるのだ
 そう
 それならば
 愛しい我が子よ
 おまえの父は父ではない
 いずれの日にか
 心せよ


『詩』

 詩をひとつ。書いてみる。
 ふたつ眼の信号のように。
 赤い熱と。青い熱と。
 チカチカ点滅させながら。
 立派な詩。そんなんじゃなく。
 上等な詩。そんなんじゃなく。
 高級な詩。そんなんじゃなく。
 素朴な詩。そんなんじゃなく。
 鋭い詩。そんなんじゃなく。
 優しい詩。そんなんじゃなく。
 美しい詩。そんなんじゃなく。
 純粋な詩。そんなんじゃなく。
 そんなんじゃなく。
 ただ詩をひとつ。
 ただそこにある詩をひとつ。
 だれのためにもならないようなただそこにある詩をひとつ。
 ひとつの詩がひとつ詩として成り立っている詩をひとつ。
 詩をひとつ。書いてみる。
 書けたためしのない詩をひとつ。


『煙』

 空へのキスは片道切符。決死のスキップ軽やかに踏む。尻に火がついていようとのんびりが俺のダンディズム。
 暮れなずむハニーの頬がとけてはにかむ夢みている。

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『愛とロックンロールと。』

きっと、想い浮かべてみればいい
だれもが想い浮かべてみればいい

穴の無いあんドーナツを、わたしは、たべる
穴の無いあんドーナツを、お口の中へほうりこむ
舌はじんじんヨロコんで、のどは、わおんと吠えるんだ
あんドーナツに穴は無い
あんドーナツに穴はまず無い
穴があったら、ドーナッツだ。
あんが無いなら、ドーナツだ。
ドーナツはどうにもさびしい。
ドーナッツには至らない。

あんドーナツは、たとえるなら
そう
地球の味

地球に、穴はいらないよ
地球に、穴は恥ずかしい
地球に、穴を欲しがるのは
欲張りもののしわざだよ
地球に、穴を求めなくとも
地球には、あんが詰まってる

ドーナッツ。やっぱり好きか
ドーナッツ。もちろん好きさ

ドーナッツは、たとえるなら
そう
子宮の味。

じんじんヨロコんでるけれど。
わおんと吠えてしまうけれど。

ドーナッツを愛するようには、あんドーナツを愛さないで
あんドーナツを愛するようには、ドーナッツを愛さないで。

穴が無くともあんはあり
あんは無くとも穴がある。
想い浮かべてみればいい
想い浮かべてみればいいんだ


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