『風えらび』

 風間くんが手をあげるのを見て、わたしの胸はたいへんざわめいた。
 風間くんはその腕も、指もすらりと長い。バスケの時、パスカットやブロックショットを次々に決めていたのをおぼえている。もしも風間くんをモデルに仏像を彫ったなら、さぞやすばらしい千手観音像ができあがるにちがいない。
「先生、ドン・キホーテはどうでしょう」と風間くんが言う。
 風間くんには、風車の役こそがふさわしい。絶対に主役でなければ、だなんて愚かなこと、わたしは考えない。大事なのは適材適所。風間くんが腕をぶん回せばドン・キホーテなど、近づくことすらかなわない。
 ピート・タウンゼンドさながらに腕をぐるぐる回す風間くんを想像しながら、考える。この胸のざわめきに気づいたのは、いつからだったろうか。
 はじめはそよ風のようだった。それはやがてつむじ風のようになり、しまいにはハリケーンとなった。わたしの胸を襲うこの激しい風の病を、いったい如何にすればよいものか。答えはただ風の中に舞っている。
「では、他に意見のある人。はい、風祭くん」
 なにしろ、風祭くんのその立ちあがる背中を見ても、わたしの胸はたいへんざわめいてしまうのだ。



『かくれんぼ』

 かくれんぼの夜、キラリと光る
 鬼の目、
 鬼の手、
 鬼の角。
 見つかったら、たいへんだ
 愛されてしまう
 愛されてしまう

 シンクの下に、
 トースターの中に、
 クローゼットの奥に、
 ばらばらになって
 息をひそめる
 白いボウルや
 波うつ網や
 ブラウスのボタンや
 芳香剤
 に擬態し
 息を
 ひそめている

 もしかすると、
 ふるえているかも
 さもなければ、
 足音や
 衣ずれの音や
 (外が雨であったなら)
 雨音さえも
 数えているかも

 いよいよ鬼は
 ねこなで声で
 みいつけた、を
 ささやくんだ

 ひとつひとつ
 見つけた端から

 つぶらな角で
 つき刺すんだ


 元のとおりとは、ほんのり違う
 元のひとつにもどされる


 明けるには、まだまだ早いと
 鬼だった目、
 鬼だった手、
 鬼だった角、
 ちりぢりになって
 エアコンの上か、
 ベランダの陰か、
 下足箱のブーツの中か、
 知らないけれどもひっそりと
 うずまきのように待っている

 たいへんだ、見つけちゃったら
 愛してしまう
 愛してしまう



『ためいき』

 いきものはただ、いきている
 いきているから、いきものという
 いきものがそこで、あくびしている
 いきをして、そこにいる

 いきものはいきて、やがてしぬ
 いきていないのを、しぬという
 いきものはいずれ、しぬものらしい
 しにものぐるいで、いきたあとには

 いきているのが、いきものならば
 いきていないのは、なにものだろう

 しんでなければ、いきものなのか
 うまれてくれば、いきものなのか
 しんでしまえば、なまものなのか
 いきものならば、なにおもうのか

 いきものはただ、いきている
 ためいきをつき、そこにいる



『エとセとラ』

「あかときいろ、まぜたらオレンジ」
「うん」
 アトリエに入るが早いか、息子は机に転がる絵具をつかんでは次々パレット上にしぼり、しきりに混ぜて遊びはじめた。
 青と黄で緑。青と赤で紫。赤と白でピンク。白と黒でグレー。様々な色を拵えては喜んでいる。
「おとうさん、そこの三つは、まぜたらなにいろになるの?」
 息子が、机の隅に隠れてじっとしている三本を指さす。エ色とセ色とラ色である。
「さて、何色かな」
 私は三本をつかまえると、同量ずつパレットにしぼり、ほんの少し水を加えて混ぜてみせた。いざ現れた色を見て、息子の目がみるみると丸くなる。
「わあ。これ、なんていういろ?」
「ソノタイロ色」



『オール電化』

 電球 電灯 電柱 電線
 電気がなければ生きてはゆけない
 電虫 電獣 電鳥 電人
 電気でなければ生きものではない



『罪びときたりて』

 ぼわんと暗い
 影の方へ
 奥へ、奥へと
 とたとたすすむ
 ぼんやり、突きあたった
 影のところに
 すわる仏の顔を、見る

 日に焼けることのない、仏の顔を
 じうじう見ている
 日の光にはさらされず
 けれども人の目には延々と
 さらされつづける仏の顔を
 じうじう、ながめている

 まぶしさに責められる
 ことなど、ないのに
 ばん!
 と、ひらかれることもない
 まぶたの、奥から
 ホイップクリームにも似た
 やわやわとした思惑が
 したたり、したたり
 落ちている

 日の当たらない
 影のなかへ
 長い年月しばりつけ
 なかば弛んだ
 信仰の目で
 じうじう、じうじう
 やっている
 おれたちの、思惑なんだ
 ほんとうは
 さんざっぱら、仏の顔に
 ぬったくった挙句に、
 しみったれて落ちる
 おれたちの、思惑なんだ

 だからだよ

 いくらでも、
 いつまででも、
 ほうりこんで、
 なすりつけて、
 かなぐりすてて、
 しまえるように、
 仏という、器を
 執着のない、器を
 無心にこさえる、その執着を

 情熱を
 おれは見たいんだ




『不死身の譜(あるいは、詩)』

 不死身には、いろいろある。
 生のかたちが、ひとつではないように、
 死のかたちが、ひとつではないように、
 不死身にも、いろいろあるのだ。
 たとえば、
 死なないこと。と、
 死がないこと。との、
 間には、
 鮃と鰈ほどの、あるいは、
 蛾と蝶ほどの、ひらきよりも、
 もうすこし広い、ひらきがある。
 死なないこと。と、
 死がないこと。との、
 間に広がる、
 いく通りかの、バリエーション
 (それは、湿度と言い換えてもいいかしれない)
 に、
 わたしたちは、物語を、
 ひたひたと見出すのだ。
 事実としては、
 生も、
 死も、
 そして、
 不死身も、
 単一のものとして横たわるが、
 目をこらし、
 よくよく見れば、
 けっしてひとつではないことを、
 わたしたちは知っている。
 知らないふり、
 あるいは忘れたふり、
 あるいは考えないふりで、
 生まれて、育って、老いて、死ぬ、
 その過程のどこかの時期に、
 まったく道を踏み外す
 (すなわち不死身の道へとわけ入る)
 その年表のみで流そうとしたって、
 あちらさんが、
 見逃してはくれない。
 流そうたって、
 なにしろ年表も、
 お終いを失っているから、
 とうとう観念せざるをえないのだ。
 ですから、
 わたしたちは、
 それぞれにある、
 物語に目をこらす。
 一見むなしく見えるその不死身にも、
 ユーモアのモが弓をひいていたり、
 一見かがやしく見えるあの不死身にも、
 神経衰弱のJが剣をふるっていたりする。
 わたしたちは、
 不死身それぞれの味わいを、
 たしかに知っている。
 ですから
 (再度申します)
 ですから、
 わたしたちは、
 それぞれに、
 不死身でもあるのです。
 きっといろいろに、
 不死身の道へとわけ入る、
 不死身の身です。
 でなければ、
 なぜに物語が、
 存在するというのだろう?




『完璧な男の子』

 小鳥のような服を着ている
 兎のような、男の子だ
 わらうことなく
 なくことはなく
 ぽんぽんぽん、と想っている
 世界とはなんて完璧なんだろう
 必要なものと必要のないものがあって
 うつくしいものとみにくいものがあって
 たのしいこととくるしいことと
 まっすぐな線とゆがんだ線と
 あかるい色とくらい色と
 もっともらしい言葉もうさんくさい歌も
 勇み足の良心もおくびょうな悪意も
 生きたいも死にたいも
 念仏も呪詛も石けんも血しぶきもあって
 まるでぼくとおんなじに、
 なんて完璧なんだろう、
 と男の子は
 ぽんぽんぽん、と想っている
 たとえばどこかの殺し屋が
 男の子の頭を撃ちぬいたとして
 飛びちる脳のかけらにも
 ぽんぽんぽん、と詰められた
 完璧な世界は
 まるで完璧なすがたのままで
 ころがっているだろう
 小鳥のような服も
 砂にまみれても小鳥のように
 兎のような男の子も
 こときれても兎のように
 わらうことなく
 なくことはなく
 ぽんぽんぽん、と
 ぽんぽんぽん、と
 ぽんぽんぽん、
 と。
 


『明日の猫へ』

 目隠しを解かれると、眼前には、狸と狐と猫の姿があった。
「クリスマスキャロルをご存知か」
 背後から、俺を拉致した奴とおなじ声がする。
 確か子どもの頃に読んだおぼえがある。大富豪の前に三人の幽霊が現れる話だったか。この三匹が、それにあたるとでもいうのか。
 ふり返ってみると、そこにはずいぶん大きな口をした猿が立っていた。
「なんだ、豚ではないのか」
「残念ながらちがう。悪いね」
 そう言って猿は大きな口で笑う。
「俺も富豪とはちがうよ」
「だが、悪党だ」
「ちがいないな」
「そんな虫けらにも、運命をえらび取る自由はあるものだ」
 両手の縄を解かれる。
「さて、えらべるのは一匹のみだ。狸を生きるも、狐を生きるも──」
「猫」
 猿の言葉を待つ気はなかった。答えはもう決まっている。俺は猫を抱きあげた。
「さすがは大物だな。では、健闘を祈るよ。クライド」
 嫌味のように言い残し、猿は消えた。腕の中で、みあおと猫──ボニーが鳴く。  



『アイ・ノウ』

 雨は、だれでも知っている。
 アメニアラズは、だれも知らない。
 夕立にまぎれ、またしても屋根の上、車の上、紫陽花の上、傘の上でアメニアラズはさびしいあまりのタップダンスを踊っている。



 「もうすぐオトナの超短編」はやみかつとし選・自由題部門投稿作


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