「私の一作:out-take」 ──はやみかつとし『シンクロ』を読む──


http://microrrelato.net/title/works/087.html

 ※リンク先、作品ナンバー23を参照


 超短編競作サイト「500文字の心臓」に参加するようになって十数年が経ちますが、その間に読んできた作品のなかでも特に忘れがたいもののひとつが、この第87回タイトル競作「シンクロ」に投稿された、はやみかつとしさんの作品です。
 タイトルとして提起された「シンクロ」が示す通り、今作は前半と後半がほぼ同じ文章で構成されています。その手法そのものは(超短編においては特に)珍しいものではなく、割とありふれたものだといえるでしょう。また文章表現の性質上、前半と後半を同時に読むことはできませんから、その点ではシンクロというテーマに対してあまり適したものではないといえるかもしれません。
 しかし、この作品はこの形式でなければならないという必然に満ちています。なぜなら、この作品が描こうとしているのは、時間と空間の両方ともを超越した共時性であるからです。
 前半と後半とで違っている箇所を抜きだしてみると、《森》と《星》、《心》と《闇》、《世界》と《宇宙》、《全能感》と《絶望感》、《発火》と《発狂》、そして《瞬間》と《空間》になります。
 この作品のタイトルが「シンクロ」であることを踏まえれば、対比として配置されたこれらは、実は同質のものとして描かれているとわかります。心の奥底の在りようと、宇宙の奥底の在りようは同質であり、物理的な現象と精神的な現象は同質であり、時間と空間は同質であるということ。だからこそ《心》も《発火》し、《闇》も《発狂》すること。天体と原子、あるいは脳細胞と銀河の形が相似である例を出すまでもなく、個と全とは同質であり、《通底する一つの方程式がある》こと、またその真理は常に上書きされるものであり、そこでの《全能感》と《絶望感》とは本質的に同じものであることを、語り手は確信しています。
 ここで描かれるのは、恋とは呼ばれない恋であり、音楽とは呼ばれない音楽であり、生とは呼ばれない生であり、死とは呼ばれない死であって、同時に、恋は恋と呼ばれずとも恋であり、音楽は音楽と呼ばれずとも音楽であり、生は生と呼ばれずとも生であり、死は死と呼ばれずとも死であるという真理です。そうしてなおかつ恋と音楽と生と死とは同質であり、時間も空間も超えて存在するという真理に他なりません。だからこそ、いついかなる時のいかなる場であれ、原子であれ宇宙であれ、語り手はその奥底のリズムに耳を澄ますのです。

 今作はまた、最後の一文が結ばれる寸前で断ち切られています。
 超短編には「短い」という唯一の定義があり、「500文字の心臓」においては500文字以内という規定があります。従ってこの作品も500文字以内で収めるために最後を断ち切ったのだとおもわれますが、この断ち切りによって、作品は逆説的な広がりを与えられます。書かれている二者間のみで完結するのではなく、書かれていない先にも(いわば無限の)シンクロが起こっていることがほのめかされ、今作のテーマもより強固なものとなるのです。
 このように、今作を傑作たらしめているのは、その短さ故に書き切れないという超短編の形式であり、つまりは超短編として書かれるほかなかった作品である、といえるでしょう。
 なによりも、今作でまさに語られる《全能感》と《絶望感》を知る一人として、この語り手とシンクロし、聴こえてくるものに耳を澄ますことは、たいへんにスリリングな体験として私を刺激するのです。

 


『しぶといやつ』

 ──負けた方は、勝った方のいうことを、一つだけきく。

 線香花火に火が点けられる。チリチリと音を立てながら、ジリジリと短くなっていく。
 そっと向こうの顔を見る。火花を熱心に見つめている。勝ったら、告白する。そう決めていた。
 先端の玉が大きくなる。火花が小さくなり、とおもったら一瞬広がる。落ちるなよ。頼む、持ちこたえろ──

「そして、これが我が一族の始まりの火であるというわけだ」
「でもさ、それじゃあご先祖さまは、けっきょく告白しなかったってこと?」
「そう。だから二人は交際も、ましてや結婚もしなかった。それでも我々は現にこうして存在している」
「いかにも神話だね」
「だが事実だ。見ろ」
 祭壇に置かれたビーカーの中、二つの火の玉は消えることなく今なおチリチリと鳴りつづけている。



『穿く鎖骨』

「鎖骨は着るモンだろ。なぜ穿くんだ」
「そういうアンタは骨盤を被っているじゃあないか」
「なにしろ肋骨は羽織ってナンボ」
「オイ、肩甲骨を着崩すんじゃない」

 三億年後に発見される化石たちの宴はつづく。



『おしゃべりな靴』

 今晩は、お嬢さん。こんなところでお会いできるなんて光栄です。ええ、判っていますとも。初めましてではないことくらい。あなた、昨夜も私の舞台を見にきてくれていました。一昨日も、その前の夜も。あなたの存在にわたしは気づいていました。ぜひあなたとお話してみたかった。でも、お恥ずかしい限りですが、実はわたし、極度に口下手なのです。人との会話がとても苦手。タップなら誰にも負けないのに。この足のように、すらすらと饒舌に話すことができれば、どんなにかいいだろう。だからほら、今夜は特別な靴を履いてきたのです。ごらんの通り、魔法の靴です。どうです、この靴を履いてタップを踏めば、タップから読み取ったわたしの気持ちを、靴が代わりにしゃべってくれるのです。すばらしい。そして、こうして面と向かってお話できる機会が訪れるのを、わたしは心待ちにしていました。本当に光栄です。さあ、わたしと踊ってくださいませんか。あなたの為なら、わたしはどんな華麗なタップでも踏んでみせましょう……えっ? 違う? わたしを見にきていたのではないと……あの端役を? なぜあんな凡庸な、才能のない……恋人? 

「馬鹿にしやがってこのアマァ」



『さかもりあがり』

 酒盛りがあり、加賀森ありさ盛り上がり、差か、リカーも下がり、有賀もサカり「ガリもさ、アリか」理も裏か、朝が。さ、狩りもアガリ。



『狂節』

 歌をうたっています。
 決して上手くはないけれど、わたしはわたしの好きな歌を、一所懸命にうたいます。
 歌声は地をはって草花を揺らします。水たまりを揺らします。
 なにしろ、わたしの声はくるぶしから出るのです。

 ──ある日のわたしは、気がついたのでした。
 歌は、歌というものは、大地からわきあがってくるものなのだと。
 大地の歌は、人々の身体を通して漉されていく。
 漉された歌が、人々の唇からこぼれていく。
 大地の歌は、人間の歌に漉されなければ、聴くことができないのだと。
 ──そしてわたしは、くるぶしでうたうようになったのです。

 くるぶしに開いた、四つの穴。
 二本の足をしっかと踏みしめ、吐き出した歌は、くるりんくるりん跳ねていく。
 ぶつかり合って、重なり合って、感極まって、声を枯らしてわたしは叫ぶ。
 あなたのような人間に、届くだろうか。
 聴こえるか。このくるぶしが。




『忘れられた言葉』

 一人の(あるいは一頭の)手負いとなったネアンデルタール人が、途方にくれて泣いている。
 否、鳴いている。
 否、歌っているのだ。
 群れからはぐれて久しかった。単体で生きることは容易ではなく、それでも必死に生き延びたが、もはや限界がきていた。
 仲間を求め、無心に歌う。藁をもつかむ思いで喉をふりしぼる。言語を持たないネアンデルタール人は、歌うことで意思の疎通をはかるのだ。
 誰か。聞こえるか。誰か。ここにいるぞ。誰か。返事してくれ。誰か。誰か。誰か。
 だが、ついに仲間は現れなかった。当然である。仲間はとうにどこにもいない。いまや地上に残ったただ一人の(あるいは一頭の)ネアンデルタール人であったのだ。歌を歌い終えると、そのまま静かに事切れた。

 ネアンデルタール人の絶滅から、10万年が経つという。かつての生存競争に勝利した現生人類もすでになれの果て、風前の灯だが、その火の奥の奥の方から、なつかしい誰かの声がする。本当にひどくなつかしい気がする。いったい何と言っているのか、DNAもニューロンも散々たぐってみたけれど、どうしても、どうしても思い出せない。



『ことばあそび』

 ことばのこが、ことばのとをあけ、ことばのばで、あそんでいる。
 ことばのばは、こっとんのばとんと、こばるとのこばんが、こんぼうとばっとで、ばとっていたり、ばーどのばんどまんや、わーどのどわーふが、びばっぷやら、どぅわっぷやらで、ばんばんどんどんわーわーさわぐ、こんとんとしたわーるどである。
 ことばのこは、ことばのとに、こーととばっぐを、ばっとかけ、こわだかに、こんばんは、とこーるすると、ことん、ばたん、ところがりはじめる。

 こいこいいいこのこころにこいころころてのりのことりにのりのりいいこいいことにこにこといいこころのこりのいろこいののこりのこころにいいこいこい

 ことばのこの、ことばあそびに、ことばのばは、わーっとわいた。あがるあんこーるに、ばっとこたえる、ことばのこは、いいこです。



『火薬のような、夜明けのような』

 ア。
 というため息のもれる瞬間、ピアノはブギウギの演奏を始め、ハサミはキリトリ線を滑走し、ドーナッツは油と踊り、薔薇の花はミツバチを撫で、フレアスカートは跳ねあがって砂を蹴散らし、そしてパンゲアは動き始めた。



『謎』

『バイオリンの弓が、何でできているか、知ってるかい』
 考えた事もない、と少年はおもいました。
『バイオリンの弓は、鯨の髭でできている』
 そうなんだ! と少年はおどろきました。たちまち頭の中に、何千ものバイオリンを一ぺんにひく鯨のすがたが浮かびます。
『鯨の髭には、何が眠っているか、知ってるかい』
 考えた事もない、と少年はおもいました。
 そしてページをめくった先に待っていたのは、まったく別のおどろきでした。すべて鯨のように黒くぬりつぶされていたのです。
 係の人へ見せにいくと、その人は「だれかのいたずらだな」と顔をしかめました。

 少年は大人になっていました。
 あれからたくさんの書物を読んで知識を得、誤解も解いてきましたが、いまだ謎は解けないままでした。
 昼休みに広場を歩いていると、一人の学生がベンチで本を読んでいます。声をかけると学生は本を閉じ、言いました。
「教授。この本は、何でできているとおもいますか」
 もちろん紙で、という答えに学生は微笑みました。
「いいえ。この本は、鯨の髭でできています」
 まさか。かつてのおどろきが、ふたたび頭の中ではじけます。
「さて、鯨の髭には、何が眠っているでしょう」



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