『かわき、ざわめき、まがまがし』

 サイコロを振る。出た目は「かわき」。コマをかわき進めると、止まったマスが砂漠となった。
 さらに振ると「ざわめき」が出た。コマはざわめき、不安な表情で立ちすくむ。
 相手がサイコロを振る。出た目は「まがまがし」。止まったマスから、まがまがしい形のツノが生える。さらに振れば、またもや「まがまがし」。コマからもツノが生え、ツノというツノがこちらへ迫ってくる。
 急いでサイコロを振る。出た目は「わき」。マスから水がわき、砂漠はうるおう。勇気がわいたコマはりりしい表情を見せる。
 ここが勝負所と、サイコロを裏返す。
 出た目は「きらめき」。コマは流星の一群となって、追ってくるツノというツノを打ち砕く。
 相手の番。出た目は三たび「まがまがし」。鬼と化したコマが金棒を振り乱す。
 対するこちらは「かぶき」さらに「はなばなし」。大見得を切って舞い散る桜吹雪が鬼の目をくらませる。
 同時にサイコロを振る。相手は「なまあたらし」。こちらは「みめうるわし」。
 おんなじマスに同時に止まる。
 マスは脈打ち、美しい「舞妓ロ」の乙女が生まれる。
 舞妓ロが、にっこり笑って自らを振る。その目をのぞきこんでみれば。

「おあとがよろし」


『P』

 広大な綿花畑の中を汽車が走る。
 車両の一番後ろで、膝上のギターに頬杖をつき、チャーリーは外をぼんやり見ていた。綿花畑は地平線まで続いている。
「坊主、『えんどう豆』に乗るのは初めてか」
 恰幅のいい男が、隣に座って話しかけてきた。
「ほれ、吸えよ」
 差し出された煙草をくわえ、チャーリーは訊ねた。
「おじさん、この汽車なんで『えんどう豆』なのさ」
「ああ。何しろだだっ広い農場だ。仕事場までの線路があっちこっちに敷かれてる。それが豆のつるみたいだってんで、そう呼ばれてんのさ。坊主、弾けんのかい」
 男がギターを指差した。
「練習中だよ」
「まあな、俺たちみたいなのは、一生農夫でいるか、流れ者の芸人になるか、さもなきゃ……」
「檻にぶち込まれるか、だろ。知ってる」
「どれ、ちっと貸してみな」
「弾けんのかい」
「練習中さ」
 轟々と動輪は鉄の上うなる。蒸気の音が拍を刻む。男の演奏に、チャーリーはおもわず身を乗りだした。
 汽笛が鳴り、汽車はゆっくり停車する。
「おじさん、ギター教えてよ」
「気が向いたらな」

 チャーリー・P・トウェインの『えんどう豆』、年代物のレコードが回る。ノイズの向こうに黒い煙が噴き上がる。


『抵抗』

 ある朝、目を覚ますと一匹の毒虫に変身していたのはグレーゴル・ザムザである。
 ある朝、目を覚ますと一人のグレゴール・ザムザに変身していたのが私である。

 グレーゴル・ザムザに変身してしまった私が第一に考えるべきは、それがいつになるのかはまだ判らないが、いずれ訪れるだろう毒虫への変身を如何にして回避するかである。
 第二には、それでも否応なく変身してしまった場合、父から林檎を投げつけられるのを如何に阻止するかである。
 両親と妹と仲良く過ごしながらも、私の頭はそのことでいっぱいであった。
 そもそも、どのタイミングで毒虫へと変身してしまうのだろう。
 「ある朝、目を覚ますと」毒虫に変身しているのだから、夜ねむっている間に変身してしまうことは間違いない。
 夜という時刻がそうさせるのか、それともねむっているという状態がそうさせるのか。
 あるいは夢を見ることを契機にして変身してしまうのだろうか。
 また、どういう段階をふんで変身するのかも問題である。
 いきなり変わってしまうのか、それとも侵食されるかのようにじわじわと変わっていくのだろうか。
 蝉の羽化のような変身は、それならばグレーゴル・ザムザの抜け殻がそこに残るはずであるから考えにくい。
 私にとってひとつ優位なのは、私がもともとはグレーゴル・ザムザではなかったという点である。
 グレーゴル・ザムザは自分が毒虫に変身してしまうなどとは夢にもおもわなかったはずである。
 グレーゴル・ザムザのたどる道をあらかじめ知った上でグレーゴル・ザムザへと変身してしまった私は、何らかの対策を(有効か無効は別として)講じられるはずなのである。
 そうかこれは運命への抵抗であるのだ、と私はおもった。
 破滅の運命にしたがう義理などないのだ。
 私の挑戦は、救われないグレーゴル・ザムザを救うための手立てにもなり得るはずである。
 そこまで考えて、私はある重要なことに、はたと気づいた。
 私はもともと、何であったろう。
 毒虫に変身したグレーゴル・ザムザは、毒虫に変身する前の自分がグレーゴル・ザムザであったことを当然ながらおぼえていた。
 私にはその記憶がない。
 グレーゴル・ザムザに変身する前の私は何者であったか。
 どうしてもおもいだせない。
 こんな重要なことに、なぜ今まで気づかなかったのか。
 私は、だれだ。
 頭のなかに霞がかかっている。
 先までの勇ましい気持ちがみるみるしぼんでいくのがわかる。
 私は、だれだ。
 手立てを見つけられないまま、まどろみさえ惜しむ夜が、またひとつ過ぎていった。

「兄さん、林檎たべる?」
 そう妹に云われて、私は動揺する気持ちをせいいっぱい押し込めた。
 妹が林檎をひとつ、こちらへ放り投げる。私はそれを両方の手で必死につかみ取った。
「今度の週末、みんなでピクニックに行くの、忘れないでね」
 つかんだ林檎を落としそうになるのを、やはり必死にこらえた。

 私はまだ毒虫に変身してはいない。
 もしや、気づかぬうちに運命をすでに回避していたのだろうか。
 それとも、いよいよその日が訪れてしまうのだろうか。
 頭がぐらぐらとして目眩がする。
 冷静さを取り戻さねばならない。
 もしも、毒虫に変身する運命がまもなく訪れるのだとすれば、次に考えるべきは、林檎を投げつけられるのを阻止することである。
 これは、毒虫に投げつけられる林檎であろうか。
 すこし落ちついて考えてみる。
 グレーゴル・ザムザを襲う運命は、林檎にとっても災難であるに違いない。
 わざわざ毒虫に投げつけられたい林檎などいるはずもない。
 おぞましい毒虫の背中にめりこまねばならない林檎の運命もまた哀れなものである。
 妹にもらった林檎をまじまじと見る。
 ひと口かじろうとして、ふとおもいとどまる。
 ふるえているのは、林檎か、それとも私の手か。

 ある朝、目を覚ますと一匹の毒虫に変身していたのはグレーゴル・ザムザである。
 ある夜、目を覚ますと一個の林檎に変身していたのが私である。
 否。
 変身したのではない、もとに戻ったのだ。
 おもいだした。
 私は、私こそは、毒虫となったグレーゴル・ザムザに投げつけられる林檎だったのである。
 林檎に戻った私が考えるべきは、ただひとつである。
 おぞましい運命にしたがう義理などない。
 これは運命への抵抗であるのだ。
 バイオリンの音が聴こえる。



『テレフォン・コール』

 真夜中、電話ボックスの中。二人の少年は汗ばんでいる。噂のまじないを決行するべく。
 ウィルソンがまず受話器を取った。コインを入れ、6・4・3と回す。次いでピケットが、5・7・8・9と回した。そして二人で受話器を握りしめる。
 呼び出し音が鳴る。1回。2回。3回鳴ったところで「ハロー」と声がした。二人は受話器に向かって、
「ポニー」
 と声を合わせて言った。
「マッシュポテト」
 と相手が答える。
「ワツーシ」
「アリゲーター」
「ツイスト」
「ジャーク」
「ナナナナ」
「ナーナナナナ、オーケー」
 電話が切れた。二人が電話ボックスを出ると、はたして女が三人、そこに立っていた。
 “闇の踊り子”は、町の少年ならたいていは知っている噂話だ。やせ型のボニー、小柄のルーシー、長身のサリー。その手をとって夜通し踊れば、女の持つ魔力が得られる。二人は互いの唾を呑みこむ音を聞いた。
 ウィルソンはボニーの、ピケットはサリーの手をとり、それぞれ闇に消えていった。
 残されたルーシーは電話ボックスに入り、二人が回したのと同じ番号を回す。呼び出し音が1回。2回。3回。1000回目には夜もあける。その時、天国も地獄となる。


『光線銃』

 オウムガイは桜の花が舞うのを見た。
 無論、深海に桜が生えているはずもない。桜というものの存在自体、オウムガイにとっては想像の外だろう。だがオウムガイは確かに桜が舞うのを見たのである。

 *

 もう湯気さえ立たないラーメンの、どんぶりのふちに描かれたうずまき模様をじっと見ていた。
 今日も母さんは夜おそくに帰ってくる。なれているつもりだけど、時々はかなしくなる。涙だってこぼれる。だからそんなときは、ただ目の前のものをじっと見る。にじんでいるのがはっきりと見えてくるまで、じっと見続ける。
 このうずまき模様には、見おぼえがある。
 視線を畳のふちにすべらせる。どんぶりのふちと、畳のふちの模様はどことなく似ている。迷路のようでもあり、貝がらのようでもあり。
 それから、そうだ、あれにも似ている。
 光線銃。
 今よりもちいさい頃に買ってもらった光線銃。ピカピカ光って音も出る。はじめて見た時、その場から動けなくなった。ひと目で大好きになった。必死にねだって買ってもらった、光線銃。その先っぽのうずまきに似ている。
 自分のつくえの引きだしから、光線銃を出す。ところどころ色が取れている。電池はまだ残っているだろうか。
 もっと新しくて性能のいい銃が今ならもっとたくさんあるだろう。もっと楽しい気持ちになれる違うオモチャだってきっと他にもたくさんある。そういうものがほしくなる時もある。それでも、これはやっぱり特別なものだ。
 いつでも無敵の気分になれた。砂場から、ベランダから、押入れから現れるどんな悪者も怪獣も、こいつにかかればイチコロだった。
 今でもそうだ。光線銃を持って構えれば、自分は無敵なんだと勇気がわく。
 うすい壁の向こうから、笑い声が聞こえてくる。止まった涙がまたあふれそうになる。
 光線銃を構える。狙いを定めて、撃つ。

 *

 オンタリオ湖岸に位置するカナダ最大の都市トロントに、桜並木で知られるハイ・パークがある。日本から寄贈された実に100本もの桜が、ここでは五月に花を咲かせる。毎年、多くの観光客が訪れて花見をたのしんでいる。
 トロントから高速バスに乗り、南へ二時間ほど走ったところに、ナイアガラの滝がある。カナダ・オンタリオ州とアメリカ・ニューヨーク州の境にあり、世界三大瀑布にも数えられるナイアガラの滝は、轟音をひびかせて見る者すべてを圧倒する。
 このナイアガラの滝にも桜がある。
 滝の真横にある高台はテーブル・ロックと呼ばれ、通常はそこから滝を臨めるが、テーブル・ロックからエレベーターで地下に降り、トンネルを進んでいくと、滝を裏側から見られる場所へ来ることができる。このトンネルの掘削工事をしていた時のこと。ちょうど滝の裏側のところに、ぽっかりと大きな空洞がすでにあったのだという。そしてそこには、一本の桜の樹が生えていた。
 “Stray Cherry”(はぐれ桜)の名で親しまれるこの桜の樹が、なぜこんなところに生えているのかには諸説ある。氷河時代に冷凍保存されていたものがそのまま残ったとする説。ナイアガラ川にのって運ばれてきた種子が、偶然に滝の裏側へと入りこみ、そこで根を張ったとする説。また、当地のおとぎ話としてよく語られる、こんな話もある。

「元々ハイ・パークの桜は101本あった。その中の一本にとびきり耳の良い樹があった。小鳥のさえずる声も、毛虫のはいずる音も、どんな音も聞き分けるという。樹は、もっとおもしろい音はないものかと、その冴えた耳をたえず働かせていた。
 ある時、樹ははるか遠くで鳴っているらしき轟音を聞いた。汽車が幾重にも折り重なってうねっているような、それでいて金属的でない、雪崩や地ひびきとも違う、何ともいえぬとどろきであった。
 この上なく魅了され、好奇心をゆり動かされた樹は、音のするところまで行ってみようとおもい立った。
 地面から強引に引きぬいた根をそのままひきずり、枝をふりみだし、力をふりしぼって樹はゆっくり、徐々に、少しずつ歩をすすめていった。
 オンタリオ湖の岸辺までたどり着いた頃にはもう厳しい冬になっていた。樹は息も絶え絶えに、音の方へと聞き耳を立てた。するとどうだろう。あの轟音はいつの間にか聞こえなくなっていた。音だけを頼りにここまで歩いてきた樹は、とうとう力尽きてその場で倒れてしまった。
 仰向けになって空を仰ぐとカモメが飛んでいる。樹はカモメに話しかける。
 私はもう長くない、自慢の耳も衰えてしまったようだ、お願いします、どうかこの種をあの轟音の鳴っていたところまで運んでほしい、と樹はカモメに懇願した。樹の最後の頼みをカモメは快く引き受け、種をくわえて湖を渡り、滝までやってきた。すると滝はあまりの寒さに凍りついていた。その氷柱の群をすり抜け、滝の裏側へ入ると、カモメはそこに預かった種をうめた。こうして樹は“はぐれ桜”へと生まれ変わり、念願の轟音を心ゆくまで聞くことができるようになった。」

 『The story of a stray cherry falls in love with The falls』

 滝の裏側にぽつんと立つ“はぐれ桜”であるが、じつは花を咲かせたことがない。滝に遮られて陽の光もろくに届かない、暗く寒い洞窟にあって、むしろ枯れてしまわないのが不思議なほどである。
 “はぐれ桜”は滝に焦がれるあまり、花の咲かせ方を忘れてしまったようである。

 ナイアガラの滝の観光には様々な方法があるが、中でも最も人気の高いのが、遊覧船にのって滝壺のすぐ近くまで行くというものである。
 今日もまた遊覧船が滝壺へと向かっていた。一人の男の子がデッキに出て、ホットドッグを手に滝を眺めていた。その景観に胸をときめかせながら男の子がホットドッグを口に運ぼうとした時であった。滝壺の渦の中から一筋の光線が飛び出し、滝に向かってまっすぐにのびていったのである。男の子はおどろいて、口に運ぶはずだったホットドッグをあやまって船の下の川に落としてしまった。
 滝壺の渦の中から放たれた光線は、滝をつきぬけて“はぐれ桜”へと命中した。
 光が“はぐれ桜”を包みこむ。枝という枝にみるみるとつぼみが生まれ、いっせいに花を咲かせる。まるでたったいま目を覚ましたかのように、満開となった桜はその身をわずかにふるわせ、光と共に滝の裏から姿を消した。

 *

 五億年ものはるか昔から、その姿をほとんど変えることなく、オウムガイはひっそりと深海を漂っている。
 深い暗いしずかな海を淡々と、あくまでも淡々と泳いでいる。
 目の前を、死んだ小魚の残骸が流れてくる。オウムガイは幾重もの触手をのばしてそれを捕らえる。生きた獲物を自ら追って捕らえることはない。そうして彼らは五億年もの年月を滅びることなく生きのびてきた。
 彼らに、感情というものは存在しているだろうか。
 たのしいだとか、おもしろいだとか、かなしいだとか、つまらないだとか、怒りだとか、感動だとか、興奮だとか。そうした心の動きを感じる暇もないほどに、彼らは目の前だけを見て必死に生きているのだとしたら。

 ある一匹のオウムガイは、自らのからだが発光していることに気づいた。
 ちょうど、脱皮した海老の殻を捕らえて食べ終わった時であった。
 オウムガイは動揺をおぼえた。動揺という心の動きがあることにも気づいたことで、彼は二重に動揺し、触手をわらわらと四方八方にゆり動かした。
 光はさらに強くなり、彼のからだ全体を包むほどになった。そして、わらわらと動かす触手一本一本に、今まで彼が見たことのない奇妙なものが、次々とひらきはじめた。
 それは桜の花であった。
 オウムガイは恐怖した。
 彼は触手を闇雲に乱暴に振りまわした。桜の花びらが触手を離れて彼の周りをはなやかに舞う。
 未知の現象が次々と自らに襲いかかり、触手をぶんぶんと振りまわす彼の裡に、さらなる未知が訪れようとしていた。
 動揺から恐怖へと、そしてまた別の何かへと。自らの裡にわきあがってくるもの。
 これは、なんだ。
 ぐるぐると、触手を回す勢いで自らもまた回転しはじめる。その影響で海中にちいさな渦が生じる。渦は徐々に大きさを増し、そこにぽっかりと穴が生まれる。
 穴の中に、何か見える。
 満開の桜と、その下で泣いているこども。
 それが桜であることも、人間のこどもであることも、当然オウムガイは知らない。だがその時、彼は自らの裡にある何かを“確信”した。
 行かねば。
 ぐるぐると回りながら、オウムガイは浮上する。

 *

 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
 目をこすりながら、卓上のラーメンを眺める。もうすっかりのびきってしまった。
 箸でどんぶりを軽くかき回すと、コツンと何か固いものに当たった。何だろうとつまみあげると、それはちいさな貝がらだった。それも巻貝の。こんなもの入れたおぼえはないのだけれど。
 台所に行き、冷たい水でよく洗う。タオルで拭いてから、まじまじと見る。傾けたりして角度を変えてみると、何だかキラキラ光ったりしてきれいだ。どことなく光線銃の形にも似ている気がする。
 そうだ、光線銃。
 居間にもどり、転がっている光線銃を拾いあげる。さっき撃ってみたら光らなかったので、電池がもうないようだ。また交換しなくちゃなと考えながら、光線銃とさっきの貝がらを、引きだしにしまった。
 さて、泣くだけ泣いて気も晴れたし、ラーメンをどうしよう。そうおもった矢先、窓の外でバイクの止まる音がした。母さんが帰ってきた。
 窓をあけ、ベランダに出て母さんに手をふろうとした瞬間、目に飛びこんできた光景に、息が止まった。
 団地の駐輪場の横には桜の樹がある。毎年、春には二階にあるウチのベランダから桜を見ることができる。でも、もうその季節をすぎてとっくに散っていたはずの桜が、ふたたび満開になっている。
 その下に、バイクにまたがった人がいる。母さんじゃない。男の人だ。光線銃とおんなじうずまきの服を着て、こっちを見て笑っている。
 男の人はバイクから降りると、仁王立ちでこっちを指さし、その腕をぶんぶんと大きく回しはじめた。
 なぜだかわからない。なぜだかわからないけれど、それを見て、はじめて光線銃をお店で見つけた時と、おんなじ気持ちになった。
 部屋へと駆け戻り、引き出しから光線銃をつかんでまたベランダへ走る。男の人とおんなじように、光線銃をぶんぶんとぶん回してみせる。
 止まっていた涙が、三たびこぼれる。でもそれは、かなしいからじゃない。
 男の人は、回していた腕をピタリと止め、今度は夜空をすっと指さした。
 見あげれば、月が。うずになった月が光っている。


 <了>


 *


 クロマニヨンズ「BIMBOROLL」、最高のアルバムです。
 ロックンロール!!


『ファンファーレ』

 道が二手に分かれています。どちらを選んでも、おなじ場所に辿りつきます。そこにはきのこが生えています。たいへん珍しいきのこで、一方の道から行くとそれはとびきり美味しいきのことなります。もう一方の道から行くとそれは毒きのことなり、食べると死んでしまいます。そして見た目はまったくおなじです。
 とある一団がきのこの場所までやってきました。めいめい楽器を手にしています。しばらくして、また別の一団が反対の道からやってきました。めいめい裁ほう道具を手にしています。鉢合わせた両者は話し合い、その結果、ホルンの若者と指ぬきの娘、一番下っ端の二人が毒見役としてそれぞれ差し出されました。
 哀れな二人はしかし互いにほほえむと、同時に一つのきのこを掴み、同時に口にしました。
 はたしてそれはとびきり美味しいきのこでした。誰もが大喜びに次々ときのこを鍋に放り込み、夜通しの宴となりました。
 翌朝、辺りは屍の山でした。それはとびきり美味しい毒きのこでした。毒見役の二人だけがただ無事でした。若者がホルンからマウスピースを抜いて娘に渡すと、娘はそれに指ぬきを嵌めて返しました。
 ホルンの音が高らかに響きわたります。

 超短編イベント三題噺 投稿作
 お題:楽器、指ぬき、きのこ

『あたたかさ、やわらかさ、しずけさ』

 虎は己の美しさを知っている。故に独りで獲物を狩る。身重の兎がそこにうずくまっていようとも、それを腹の足しにとは考えない。兎を狙って現れる狐をこそ狩る。虎はなによりも美しい。

 けたたましく雉が鳴くのを聞いて虎はまどろみから覚めた。
 焦げくさい臭いがする。注意ぶかく臭いの先を辿ると、遠くに見慣れぬ獣の影がある。あれは誰だ。そう首をのばした瞬間、雷が虎の腹を撃ちぬいた。
 焼かれるような痛みに虎はうずくまった。獣が近づいてくる。こいつの仕業かと虎は直覚した。獣ではない、獣の手にあるこいつが己を撃ったのだと。
 爪や牙よりも鋭い雷の如き一撃。それを放った、尾よりも長く細い筒。その肢体に、痛みも忘れるほど惚れ惚れとした。虎は初めて己よりも美しいものを見た。
 だがその持ち主が浮かべた下卑た笑いは、虎をこの上なく怒らせた。
 おまえではない。
 油断して近寄ってくるその隙を虎が見逃すことはない。一気呵成に飛びかかり獣の喉笛をかき切った。
 足下に転がる筒をそっとくわえ、虎は岩山を駆け上がった。頂上に着くと、くるまるように筒を抱き、横たわった。
 月がのぼる。虎はもう目を覚まさない。月だけが見ている。



『夢の樹』

 一本の大樹がある。大樹と呼ぶに相応しいその樹は、ある言霊から生まれた。
 一人の男が遺したその言霊は、幾千にも響くこだまとなった。木霊。木霊は寄り集まって一本の苗木を生んだ。苗木の植わった地は身の竦むような荒野であったが、苗木は負けずに根を張った。厳しい寒波にも、容赦のない旱魃にも堪え、言霊の樹は枝を伸ばした。言の葉を茂らせ、言の花を咲かせ、言の実をつけた。黒い実も白い実も黄色い実もある。茶色い実もある。割れば中はみな同じで、一様に青い味がする。それは大いなる恵みとなった。
 だがその恵みを望まない者もある。樹を燃やそうと企む者もある。寄生し、養分を奪おうと目論む者もある。全く異なる樹を拵えて脅かそうとする者もある。勿論、護ろうとする者もある。
 私もまた護る者の一人である。護り、その種を蒔く。そして、ささやかなりとも私は私の言の葉を茂らせる。言の花を咲かせ、言の実をつける。
 私は信じる。樹が決して枯れないことを。いつの日かこの地がその実りで満たされることを。私は夢みる。
 言霊を遺したその主の名が、大樹の根に今も記されている。
 主の名はキング。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア。


『くる』

 じんくるる
 じんくるじん

 揺られているのはなに
 揺られているのは夏の夜

 じんくるる
 じんくるんじん

 図書館には階段あって
 半分だけのらせん階段
 いちだん、のぼる
 いちだん、のぼる
 いちだん、のぼる
 いちだん、のぼる
 のぼるたんびに、夏の夜は
 青みを増す
 青みを増す
 青みを増す
 青みを増す

 じんくるる
 じんくるんじん

 本の棚には
 たましいが
 いびきをかいたり
 わくわくしたりしている
 本の棚には
 ずっしりとした
 居心地がある
 居心地がある

 じんくるる
 じんくるんじん

 半分だけのらせん階段
 今度はおりる
 いちだん、おりる
 いちだん、おりる
 いちだん、おりる
 いちだん、もどる
 いちだん、おりる
 いちだん、おりる
 いちだん、もどる
 だんだん、おどる
 だんだん、おどる
 いちだん、おりる

 じんくるる
 じんくるんじん

 夏の夜は青くなっている
 夏の夜は青くなっている
 夏の夜は鋭くなっている
 夏の夜は
 鼓隊のような密度を保っている

 じんくるる
 じんくるんじん

 夏の夜の青さの中で
 有名人が死んでいる
 だれかの気休めのために
 夏の夜の青さとは
 青さとは
 現象である

 じんくるる
 じんくるんじん

 閉店間際、スーパーの
 駐輪場に止められている
 自転車と、止められなかった
 自転車とが、こすれるような
 視線でやりあっている
 切りつめられた
 ズボンのような
 切りきざまれた
 ケーキのような
 視線でやりあっている
 わかりあっている
 たかまりあっている
 むつまじあっている

 じんくるる
 じんくるんじん

 ああ。いつまでも
 ここでひとり
 生きるを忘れてしまいそうで
 生きるを忘れてしまいそうで
 心配で
 心配で
 夏の夜の青さの中で
 生きるを忘れてしまいそうで
 生きるを忘れてしまいそうで
 心配で
 心配で
 夏の夜の青さの中で
 おどろう
 おどろう
 おどろう
 おどろう、あの衛星のように
 おどろう、あの妖精のように
 おどろう、あの名声のように
 おどろう、あの
 おどろう、あの
 おどろう、あの
 おどろう、あの
 おどろう、あの
 おどろう、あ

 くるる
 じんくるる
 じんくるじん
 じんくるんじん
 くる


『ロココのココロ』(Rock The Block Ver.)

                大大大



口ココのココロココのココロココのココロ
ココのココロココのココロココのココロコ
コのココロココのココロココのココ口ココ
のココロココのココロココのココロココの
ココ口ココのココロココのココロココのコ
コロココのココロココのココロココのココ
ロココのココロココのココ口ココのココロ




         ●
      ロココロココロ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

         ↓

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
                  大





                口

  口

            口




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