『園』

「象の鼻で眠る蛇」の看板が見える。そこにはすべり台があり、象も蛇も見当たらない。いざすべってみると思いのほか長く、途中うたた寝をしているうちに下までたどり着く。心なし身体も軽くなった気がする。すべり台を離れると「鹿の角で飾る犀」の看板が見える。そこには梯子がある。昇っていくと幾つにも分かれているが、ひたすらまっすぐに昇る。てっぺんに着くと「兎の耳に唄う鷺」の看板が見える。泣きはらした彼女がそこにいた。やっと追いついた。一言謝り、耳許でささやくと彼女は顔をほころばせ、ぎゅっと手を握ってきた。仲直りしたところで「山羊のひげで繕う獅子」の看板が見える。そこには綿飴の機械がある。そういえば昼食もまだだった。一つ作って口にすると、反対側から彼女も綿飴を口にする。むしろ羊毛に見えるがとおもいながらも、べとつく甘いキスにおぼれる。噛みつかんばかりの勢いで味わい、腹も満たしたことだし帰ろうと云うと彼女の方から歩きだす。手を引かれながら見渡すと、先までの景色とまるで違っている。ふと此処へ来た時のことをおもいだす。入口で見た看板には「猫の舌で踊る猿」とあった。目の前に空洞が広がる。彼女が甘えた声で誘う。



ブルーハーツが聴こえすぎる

 コンニチハ、脳内亭です。

 ブルーハーツの1stアルバム「THE BLUE HEARTS」発売から30周年とのことです。
 ブルーハーツは僕の十代のほとんど全てだったバンドです。
 今やもうすぐ40に手が届きつつあるオッサンの僕ですが、少し当時のことを振り返ってみようかなとおもいました。これまでに何度もしてきた話でもあるのですが、改めて。

 時は昭和62年(西暦1987年)、僕は小学4年生でした。
 当時の僕は、いわゆる「団地の子供」でした。
 父と母と3人の子供。家族5人が、六畳二間で暮らしていました。
 三つ上の兄は中学1年、三つ下の弟は小学1年。ひとつの子供部屋に兄弟3人が過ごしていました。
 子供部屋の主導者は当然のこと兄だったので、下の兄弟二人は、兄の好みで塗り固められた部屋で毎日を送っていました。
 それ故に、いつからそうだったのかはもうハッキリとはおぼえていません。ただ兄が所持していたラジカセから毎日音楽が流れてくるのを、ごく自然なこととして受け止めていました。
 そのアルバムが1st「THE BLUE HEARTS」と2nd「YOUNG AND PRETTY」であることは、後になって知りましたし、そのバンドがブルーハーツという名前であること、メンバーがヒロト・マーシー・河ちゃん・梶くんであることも、いつの間にか当たり前のようにおぼえていました。当時はその2枚と、『人にやさしく/ハンマー』のシングル曲とが、どこが継ぎ目なのかもよくわからないくらい、ただひたすらリピート再生で流れていました。
 どこぞのライブ音声もよくリピートで流れていました。「オッス! ハッハッハ、まいったね今日は」というあいさつから始まるそれが、日比谷野音のライブビデオを音声だけ録音したものだと判明したのは後になってからです。おかげで実際にビデオを観た時にはもうすでにMC含めた全音声を丸おぼえしていたくらいです。
 もうひとつ、一体どこから入手してきたのか、1985年12月24日に都立家政スーパーロフトで行なわれた「世界一のクリスマスライブ」の録音テープも兄は持っていました。『1985』を初めて聴いたのはそのテープからでしたし、未発表曲のひとつである『僕はどこへ行った』や、『ホワイトクリスマス』のカヴァーなんかも当時聴くことができました。

 ある時、夜中に寝ていると突然兄から起こされ、「おい、この歌詞を読んでみろ」とファーストの歌詞カードを渡されたことがありました。 

「どうだ?」
「……いい歌詞やとおもう」
「どの歌詞が?」
「……えーっと、ここ」
「馬鹿、ちがうだろ、ここだろここ!」
(……うるせー、いいから寝させろ……)

 と、この時ばかりはさすがに兄を鬱陶しくおもいましたが、今になってみればそんな兄の気持ちもわからないではない。

 そんな風に、最初は完全に受け身で聴かされていたブルーハーツですが、でも当時から「いい歌だな」という気持ちは持っていたようにおもいます。
 たとえば「ドブネズミみたいに美しくなりたい」って、ステキな言葉だな、カッコいいな、という想いは、子供心にも素直に持っていたようにおもいます。反対のことを云っているようで、何故だかストンと腑に落ちる、そんな歌詞だとおもいました。

「戦闘機が買えるぐらいのはした金ならいらない」
「大人達に褒められるような馬鹿にはなりたくない」

 そこには小学生の子供にさえも、確かにカッコいいとおもわせる何かがありました。

「終わらない歌を歌おう ひとりぼっちで泣いた夜」

 ひとりぼっちで泣いた夜を過ごしたことがなくても、それを追体験させてくれるような何かがそこにはありました。

 ともあれ、毎晩のようにブルーハーツの曲が流れ、壁一面はブルーハーツのポスターで埋め尽くされる、そんな部屋で僕は子供時代を過ごしたのでした。
 本当の意味で僕がブルーハーツに、ロックンロールに出会うことになるのはそれから数年後の15歳の時ですが、それまでに発表されていた全楽曲は、僕はもう当たり前のように知っていました。
 当たり前のように知っていて、当たり前のように歌えて、当たり前のように好きだった歌たちが、一瞬でその百億倍も特別なものに塗り替えられてしまった、幼馴染の友だちだとおもっていたのに一瞬で恋に落ちてしまったその時のことは、また別の機会にでも。


 ところで余談ですが、当時兄のラジカセから流れていたのは、ブルーハーツだけではありませんでした。
 ビートルズやチャック・ベリーやバディ・ホリー、アメリカのオールディーズ、ジャニス・ジョプリン、ラモーンズといった音楽もまた小学生から中学生の頃にはよく聴かされていました。後々にロックンロールやブルースが自分の中で大爆発を起こす、その土台はこの頃に築かれていたのだな、と今しみじみおもいます。


 ブルーハーツは僕の十代のほぼ全てだったバンドです。
 当たり前すぎて、当たり前じゃなさすぎて、何だかもう、よくわからなくなってます。
 ブルーハーツは、僕の細胞です。きっと死ぬまで。


『屋上にて』

 飛行機が
 くる くる
 旋回している
 くる くる
 いつまでも
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 おひさまと
 くる くる
 おつきさま
 くる くる
 かわりばんこで
 くる くる
 あさひるばん
 くる くる
 あさひるばん
 くる くる
 くりかえし
 くる くる
 飛行機は
 くる くる
 いつまでも
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 まわっている
 くる くる

 ま わ る
 それは
 のがれられない
 のろいのようで
 くる くる
 くる くる
 ひたすらに
 くりかえす

 ま わ る
 それは
 たとえば く
 く はやがて
 × になり
 米 になり
 ◎ のように見えて
 やがて
 ブーメランのように
 胸元に突き刺さるまで
 いつまでも
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 まわっている
 くる くる

 飛行機が
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 まわっている
 くる くる
 飛行機が
 くる くる
 きた。



『投網観光開発』

「この壁画が何を描いたものであるかについては、諸説あります。が、おそらくは投網をおこなっている図であるというのが、現在の最も有力な説となっています」
「投網、ですか」
「ごらんください。左下から右上に向かって、亀甲のような模様がいくつも繋がって伸びています。その上には大きな竜の絵が描かれている。当時、海に生息していた竜を網で捕獲する様子が描かれたものだと考えられます」
「網で竜が獲れますか」
「この地に伝わる格言はご存知でしょう。《竜には竜を投げよ》。竜はその肉だけでなく、骨や鱗に至るまで重要な資源であったようです。まさにその骨や鱗などを用いて拵えられた網は、捕獲の際の抵抗にも耐える丈夫さと軽さを兼ね備えていたのです。これを最新技術によって再現します。そして竜投網漁を復活させ、観光客を呼び込もうというわけです」
「それで、お話というのは」
「網を再現できても、それを操れる人材と、何より肝心の竜がいなければ話になりません。現在、この地に竜は生息していませんから。
 ……失礼ですが、ご結婚されているとのことで。奥様、いらっしゃいますね」
「ええ。妻が何か」
「竜なんでしょう?」


『ゴスペリ』

 階段を上ってく、段々と息も上がってきて、テンションは下がってくばかり、炭酸でもあおるかとカバンを探れば缶バッヂが弾みで外れ、転々と落っこちてった。チクショ。呟いたその時「アテンションプリーズ!」の声、響きわたる。何なんだ。
「アテンションプリーズ、プリーズ、プリーズ」
 繰り返されて、反響もやまずに「プリーズ、プリーズ」うるさいよ。すると声は「頑張って」云われたくないよ。何だってこんな「だっても何も」ええいうるさい。
 階段を上ってく、段々と泣けてくる。ぽたぽたと涙と汗。点々と跡が残る。上ってく。上ってく。暑い、のぼせてくる。
「アテンションプリーズ!」
 上ってく。上ってく。上ってく。上ってく。
 くだらない。くさってくる。込み上げてくる。吐きたくなる。ウエ。
 止まっちまう。
 ウエエエエ、止まらない。
「アテンションプリーズ!」
 あったまきた。ぶん殴ってやる。
 上ってく、上ってく、上ってく、上ってく上ってく上ってく上ってくてく上る上る上るるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるァ!! てっぺんきたぞコラァ!!
「素敵な空の旅を」



『だいたいたいだ』

 おかしらといえば、だいたい鯛だ。
 人間といえば、だいたい怠惰。
 人間、現に今もそう。願わくば前向きに走り回りたいのはやまやまなのだが残念、ねんざで動けない。思考もすこぶるマイナスな今、買い物に行く気力はない。おかしらといえばだいたい鯛だが今たべたいのは鯛ではない。イカだ。そうだ。買い物頼も、イカ。
「6号!」
 声に反応し、おもむろに動く6号。
 鉄ノ人6号はお手伝い用正義のロボット。1号から5号は不具合により故障したが、6号は今のところ正常に動いている。自分が行くよりコイツに頼んだ方が断然安全だ。
「およびですか」
「任務を授ける」
 買い物メモを渡すと、6号はおもむろに窓から飛んでいった。
 6号の帰りを待つ間、ソファに座ってテレビを点ける。ちょうど落語をやっている。
 地獄八景亡者戯を、極楽で演じる米朝師匠。現世の怠惰な人間がそれを見る。極楽落語とはこれ如何に。
 そうこうしているうちに、6号が買い物から戻ってきた。ご苦労さん。あれ?
「カツラどうした?」
「落下しました」


??


回文超短編投稿作。

『自由』

 自由
 という
 罠にはまる
 自由
 という
 穴にはまる

 自由
 それは
 火星をたべる
 自由
 それは
 昔をわらわす

 自由
 の病
 甘い病
 止まない病
 青い病

 ふ自由にどうぞ
 おとなとこども
 平和と戦争
 月と太陽

 明けわたすな
 頭の中を
 明けわたすな
 やましい心を
 明けわたすな
 うつくしい夢を
 明けわたすな
 勝手な傷を

 自由
 もっと
 自由になれ
 自由
 世界を
 滅ぼすくらい
 自由
 もっと
 自由になれ
 自由
 時間も
 狂わすほど
 自由
 自由をうたう自由
 自由
 自由をめざす自由
 自由
 自由をうばう自由
 自由
 自由をきらう自由
 自由
 自由のまえに自由
 自由
 自由におもう自由
 自由
 自由のための自由
 自由
 自由とそして自由
 自由
 は自由
 の自由
 を自由
 で自由
 に自由
 も自由
 が自由だ

 自由
 自らが
 自らである
 その由。


『詩が』

 詩が
 雨のようにぽつんとあたまの上に
 おちる
 いらっしゃい
 あなたはどなた
 そんなことは知らない
 と詩はいう
 おれが何者であるかは
 おまえが決めるんだ
 と詩はいう
 わたしは悩み
 悩みながら
 詩の正体をけんめいに考え
 いくつもの回答を詩に提示してみたが
 詩は
 詩カッケイになったり
 語カッケイになったり
 自由詩カッケイになったり
 散文ノ語カッケイになったりするばかりで
 横にも縦にも首をふることもなく
 正しいともまちがいだともいわない
 いっそう謎は深まって
 初めはそれが
 意地悪さによるものなのか
 やさしさによるものなのか
 わたしは図りかねていたが
 もしかすれば
 ほかならぬ詩
 それ自身が
 何者であるかをわからずにいて
 その哀しみのあまりに
 さまよいとさすらいをつづけていて
 わたしの元へもふらっと下りてきて
 自らを問うてみたのではあるまいか
 と、詩に尋ねてみたところ
 おまえ、
 ブルースにかぶれすぎだよ、
 と笑われてしまった


『まばたき』

 アイドルのような顔をした
 女の子がいる。
 女の子ども。
 アイドルをめざすわけでも無いのに
 アイドルのような顔をしている。

 ともだちが勝手に履歴書をおくって
 という台詞がいかにも似あう
 女の子はクロワッサンを食べている。
 チョコクロワッサン。
 カマンベールチーズパンと
 どっちにするか迷ったすえ
 値段と大きさの比率がより
 高い方をえらんだ。
 アイドルは、アイドルでも
 身長体重スリーサイズ
 すべてルーレットで決める
 そんな所作こそがふさわしい
 クロワッサンをほおばる女の子。

 アイドルのような顔をした
 女の子は木のぼりをする。
 女の子ののぼる木は
 だからといって
 アイドルの成る木ではない。
 アイドルの成る木は
 だからといって
 金の成る木ではない。
 金で買えるものは
 金で買えばいい。
 金で買えないものは
 金以外で買えばいい。
 金の成るアイドルは
 だから
 金では買えない。
 女の子は木のぼりをたのしんでいる。
 アイドルのような顔をして
 たのしんでいる。

 ロックンローラーのような目をした
 男の子がいる。
 男の子ども。
 ロックンローラーをめざすわけでも無いのに
 ロックンローラーのような目をして
 アイドルのような顔をした女の子を見つめている。
 女の子のアイドルのような顔は
 男の子のロックンローラーのような目に侵食されて
 アイドルのようだかロックンローラーのようだか
 わからない顔つきになっていく。
 男の子は男の子で
 ロックンローラーのようだかアイドルのようだか
 わからない目つきになっていく。
 女の子と男の子はしかし
 ひとつの言葉もかわさない。

 女の子は山手線の
 男の子は埼京線の電車にのりこむ。

 大人になったとき
 女の子はアイドルのような顔の
 ロックンローラーをめざし
 男の子は
 ロックンローラーのような目の
 アイドルをめざす
 という道が見えるとすれば
 女の子と
 男の子は
 もっとずっと奥のほうの
 やわらかくて冷たいところで
 通じあっているのにちがいない。

 アイドルのような顔をした
 女の子は
 アイドルのような服を着ることはなかった。
 ロックンローラーのような目をした
 男の子もまた
 ロックンローラーのような服を着ることはなかった。

 アイドルのような生き方を
 女の子はするかもしれない。
 ロックンローラーのような生き方を
 男の子はするかもしれない。
 しないかもしれない。

 アイドルのようなロックンローラーのような
 アイドルとロックンローラーが
 まばたきのような
 まばたきをしている。



『風のなかのひとさじの』

 どこの空も
 おんなじだ
 どこの
 きぼうも
 ぜつぼうも
 おんなじなのと
 おんなじだ

 かんたんだ うたうなんて
 かんたんだ おどるなんて
 かんたんだ わらうなんて
 かんたんだ いきるなんて

 うそだって
 つけばいい
 ほんとうさって
 いえばいい
 なきむしの
 トランペットが
 ハーモニカ
 に嫉妬している

 だれの涙も
 かなしいわ
 そこの
 銃も
 爆弾も
 怒りでも
 憎しみでも
 無言のうちに
 よごされて
 ながす涙も
 どんな涙も
 だれの涙も
 かなしいわ
 かなしいわ

 ネパールの
 くすりうり
 スコットランドの
 おんがくか
 フランスの
 だいとうりょう
 モロッコの
 がくしゃさん
 ニッポンの
 こどもたち
 キプロスの
 にんぷ
 ウルグアイの
 サッカーせんしゅ
 インドネシアの
 パンクロッカー
 インターネットの
 しねんたい
 ゲットーの
 暗がりのささやき
 こうそうビルでの
 ひそやかなかいごう
 しんかい魚が
 ついばむしかばね
 風のなかに
 とけている
 どこかのだれかの
 過去と過去と過去とが
 どこにもだれにも
 すいこまれてる
 あなたの今に
 はいりこんでる
 どなたの過去が
 いきている
 いきている

 花と わらって
 星と おどって
 水と ねむって
 時も ほどけて
 手と 手を
 にぎって
 つたわる
 いのち

 どこの空も
 おんなじだ
 だれの涙も
 かなしいわ
 何なに色も
 うつくしい
 どんな命も
 やさしいわ



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